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サマータイム・アドベンチャー

 夏休みになると、山形のおばあちゃんちに行くのが僕は楽しみだった。名前はわからないけれど、近所に住んでいる関西人に会うのが楽しみだった。
 関西人はウルトラ怪獣のように大きく、筋肉量がハンパなかった。質もよかった。背の低い僕は、山のように盛り上がった胸の筋肉に隠されて関西人の顔を見たことがなかったけど、優しく頼れる人柄と戦える筋肉にひかれていた。
 関西人はいつも僕を手のひらで包み込み、虫取りや魚釣りに連れて行ってくれた。
 でも、今年は様子が違っていた。
 いつもだったら、僕がおばあちゃんの家に着いた次の日のスズメがさえずる早朝、筋肉のカーテンが日差しを遮って家全体が薄暗くなり、どこからか
「朝やで」
 という声が聞こえるのだ。
 でもその日、僕は刺すような日差しで目を覚ました。裏山の山賊と二十年間にわたって激しい争いを繰り広げてきたおばあちゃんの家には屋根がない。いつもの夏ならたくさんの腹筋が僕の仰向いた視線の先に張り巡らされているはずだというのに。おへそが火災報知器みたいだったというのに。
「ヨシくんセミ捕りに行こうや。いや、行くんや」
 僕はその声が聞きたかった。おばあちゃんは何も教えてくれなかった。おじいちゃんが二回ねじった金玉をシャワーのコックを引っかけられる形の逆さづりで冷水シャワーの拷問を受けている姿を目の前で見ながら山賊に犯されたあの日以来、おばあちゃんは一言も喋らなくなってしまった。
 僕は関西人の家へと走った。田舎だから近所といっても遠い。田んぼを四つ通り過ぎて橋を二つ渡り、おじいちゃんの玉塚(今は旅人の道しるべになっている)に敬礼して、必死で駆けた。
 関西人の家はカラスの巣窟になっていた。僕は新幹線でポータブルDVDプレイヤーで観たヒッチコックの『鳥』の映像をありありと思い出していた。振り返るごとにカラスが増えるジャングルジム・シーンだ。
 黒い魔窟(しかも外張り断熱)と化したその扉を僕は開けた。鍵はカラスがさしっぱなしだった。
 だだっ広いおぼっちゃまくんちのトイレを再現したようなその家の、ど真ん中のおぼっちゃまくんちの和式便器の位置にしかれた蒲団に関西人が寝ていた。
 僕は床一面びっしりの糞尿を利用し全身全霊のヘッドスライディングで関西人の元まで一直線に行こうと飛び込んだ。
 V字の飛沫が上がるその前方で、関西人が叫んだ。
「来たらあかん!」
「どうして!」
「オレの体中の穴という穴にオオスズメバチが巣を作ったんや! 近寄ったら自分刺されんで!」
 でも僕は止まれなかった。ウンコのせいじゃない。それしきのことで止まるわけにはいかなかった。
 今度は僕が関西人に教えてもらった虫取りをする番だ……そういう系で何か気の利いたことを言おうと頭の中で構成している間に、僕はもう関西人の肛門の中にズボリ飛び込んでいました。
 そこは今いた部屋の中よりも更に広く、更に糞尿があり、カラスが沢山いた。スズメバチはいなかった。それからこれは一番に言っておきたいが、糞尿から立ち上るゲリグソの臭いで非常に酸素が薄い。
 僕は空気を確保するため、おじいちゃんの玉袋で作った酸素カプセルを噛まずに飲み込んだ。これで1時間は大丈夫だ。
「よし」
――どやさ……どやさ……
 僕は不気味な声が響く関西人のケツの中を、奥へ向かって滑り出した。ぼやぼやしている暇はなかった。