ヨシコちゃんと動物たち

 深夜、中2のヨシコちゃんが部屋の電気を消してiTunesから「バックビートにのっかって」を再生すると、ペットたちが集まってきた。猫2匹、犬3匹、モルモット5匹、カメ1匹が、ご覧の順番でドアの隙間から登場する。最後のカメが入ってきたとき「世田谷の空はとても狭くて 弾け出すには何か足りない」と意味深な歌詞がスピーカーからもれ出してきた。
「お疲れ様です」「お疲れ様です」
 全員そろったところでヨシコと動物たちは口々に挨拶を交わした。
 そして、でかいカメ(犬より小さい)が話し始めた。
「ヨシコちゃんが隣の席の大島君に熱をあげているのは皆さんもご存じの通りです」
 そうだな、という顔のヨシコちゃん。うなずく動物ども。
「その恋を応援しようと前回の会議で決まりました」
「飼い主の幸せがペットの幸せ。どうせならハッピーで機嫌のいい飼い主の元でダイアモンド愉快に暮らしたい。当たり前のことだよ」
「機嫌の悪い奴とは1%も同じ空気を吸いたくない。消費税が10%に上がっても同じ気持ちだよ」
 猫2匹が同じようなことを言った。
「その通りです。そこで私は、みなさんが飲み食い跳ね飛び鳴き吠えしている間に考えてきました。我々は、大地震の時しか話題にならない動物的なアレをアレして大島君の夢の中に入り、ヨシコちゃんの情報をすり込みます」
「そんなことをして効果はあんのかよ!」「もともと脈なしだったらどうあがいても無理なんじゃねーの!?」「亀甲!」
 モルモットたちの口が悪い。しかし、ヨシコちゃんも「本当だよ、亀甲が」という顔でカメをにらみつけていた。
「はっきり言って効果はあります。内田樹がこんなことを言っています」

記号的な想像力は「すでに知られているもの」を繰り返し複製することはできるけれど、新しいものを創造することはできない。
「未知のもの」につながるのは「強い想像力」だけである。
強い想像力だけが現実を変成する力を持っている。
それは強い想像力を持っていれば、100%想像した通りの未来が訪れるということではない。そうではなくて、強い想像力を持った人はあまりに多くのディテールを深く具体的に想像する習慣があるせいで、訪れるどんな未来のうちにも必ず「想像した通り」の断片を発見してしまうということである。
 だから、想像力の豊かな人は、はじめて経験する出来事にもしばしば「既視感」を覚えることになる。
 例えば、「身長175センチ以上で、年収2000万以上」というふうに記号的な仕方で未来の夫を想像している人は、その条件を満たす人物が目の前に出現したとき「条件通りの男だ」と思うことはあっても、「この人とはどこかで会ったことがある…」という既視感を持つということはない。
 けれども、「私の夫はトイレの『置き本』に永井荷風の『断腸亭日乗』とオルコットの『若草物語』を並べておいているような人」という想像を(うっかり)してしまった人は、たまたま訪れた男性の家のトイレにその2冊を発見したときに、不意に「もはや逃れることのできぬ宿命の手につかまれた」ような気分になるであろう。
「既視感」とは「宿命」の徴だからである。
 はじめて経験することなのだけれど、どこか既視感があるようなことについて、私たちは宿命の力を感じる。私自身のどのような自己決定によっても回避することのできない必然が私をこの場に導いたのだという(根拠のない)確信に取り憑かれてしまうのだ。
 だから、「宿命的な恋」とは「その人にはじめて出会ったときに、すでに自分がその人を久しく待ち望んでいたことに気づくような恋」のことである。
 想像力の豊かな人は、どのような人生を選んだ場合でも、その人生の至るところに「宿命の刻印」を感知する。
 自分がいまいるこの場所こそは「宿命が私をそこに導いたほかならぬその場所」であり、自分のかたわらにいるこの人こそは「宿命が私をそのかたわらに導いたほかならぬその人」であると思えてしまうのだ。

 思ったより長かったので、犬は2匹とも寝てしまった。ヨシコちゃんも「もう限界だ」と寝てしまった。
「なるほど。当たり前のことだよ」「内田樹が言うなら間違いない。当然のことだよ」
 聡明な猫たちがニャーニャー言ってうなずいた。しかしモルモットたちは納得いかない様子で、一斉に鼻をひくつかせる。
「でも今のは想像力の話だろ」「実は何にも関係ありませんでした、と」「亀頭!」
 カメの頭の至近距離でひくつかせる。
「離れなさい。確かに今のは想像力の話で、私たちは夢に入ろうと言っている。でも、この二つは実は関係あり。というのも、確かに大島君がぼんくらで『透明感のある女性が好き』とかいう程度にしか想像力がない男だった場合、宿命的な恋愛と思うまでに至らないかもしれない」
「じゃあダメじゃねえか!」「透明感とか、岡村がそんなこと言ってたよ」「岡村だぞ!」「亀の甲より年の功!」
「岡村いま関係無い。とにかく、想像力がないならば無理矢理想像させればいいのだ。今の時代、夢のメカニズムであれフロイト式の夢診断であれ、そんなこと中学生でも知っている。夢にメスが出てくれば、それは自分が意識しているメスであるとな」
 だいたい話の流れがつかめている猫たちは片目をつむってヒゲを爪で手入れし、モルモットは息を呑んだ。
「そこで、まず我々が夢に総出演し大島君にこの動物王国感を印象づける。そして翌日、ヨシコちゃん自らヨシコ動物王国の話をする。そうすれば、大島君は自らの夢内容が宿命であったと思い込むだろう。そして、どんどん夢をエスカレートさせてゆけば、大島君はますます宿命の刻印を押され、ヨシコちゃんのこと以外なにも考えられなくなる」
 カメが喋り終わると、もう文句を言う者は誰もいない。目をランランと輝かせ、早く行こうぜ状態であった。
「それでは、ただいまから、ヨシコちゃん憧れの大島君の夢の中へ、夢の中へ行ってみたいと思いませんか」
「フウッフ〜〜」
 今、ペットたちは飼われ始めてから一番の団結を見せた。


 次の日の夜、またバックビートにのっかると、一気に動物園のにおいが部屋の中に立ちこめた。
「ヨシコちゃん。大島君はなんと言ってましたか」
「夢に、異様にいっぱい動物が出てきたって言ってたぞ。なぜかカメも一匹いたって」
「なるほどなるほど」
「それで、こっちがペットの話をして、一匹一匹お前らのことを詳しく話したら、全部スバズバきて、それでめっちゃ驚いてた」
「なら、作戦は成功だな」
「めっちゃ長く話した。お前らマジでありがとう。なんだかいけそうな気がする」
「本当によかった」
「でも、今夜の夢はもうちと過激ですぞ!」


 また次のバックビートのっかりナイト、犬だけシャンプーしたのですっきりしていた。そして犬はここではしゃべれない設定だった。
「ヨシコちゃん、それで今日はどんなことを話しましたか」
「お前ら、私の小学生の時の写真持って行っただろ。なんかの遠足のあの一番いいやつ、持って行っただろ」
「ごめんな」「ごめんなヨシコちゃん!」
「ふざけんなよ!」
 モルモットの胸ぐらをつかむヨシコちゃん。
「でも、かわいいと言ってもらいまし、た」
 滅多に見せない満面の笑み。ペットたちは顔を見合わせた。
「まったく…冗談はヨシコちゃんだぜ!」


 その一時間後、一同は大島君の夢の中にいた。
「お前ら、今日は頼むぞ」
「あれヨシコちゃん!?」
 動物たちの一番後ろに、ヨシコちゃんがいた。お気に入りのワンピースを着ておめかししている。
「動物的なアレのアレじゃなかったのかよ!」
「強く願ったらいけた」
「もう、なんでもありだな!」
「あっ、来たぞ! 大島が来たぞ!」
「おい呼び捨てにすんな! ど、どうしよどうしよ。動物たち」
「なに、俺達に任せておきなよ」
「緊張はヨシコちゃんだぜ!」
 大島君が歩いてきた。一直線に歩いてきた。不自然なほど一直線に。
 その目がいつもと違うことに、動物たちはすぐに気づいた。ヨシコちゃんも気づいた。
 その血走った目は、その目の奥で何も考えていない。動物たちは叫んだ。
「危ない!」
 犬が吠えたて、猫は警戒するように遠目から唸る。カメはピクリとも動かず、あらぬ方向を見ている。モルモットがにおいをかぎながら、一番近くを這い回る。
 その真ん中で、ヨシコちゃんは引き裂かれたワンピースを足に引っかけたまま、大島君に力任せに犯されていた。夢だからって、犯されていた。犬だけがいつまでも吠えていた。


 部屋の狭いスペースに散らばって動物たちは目を覚ました。朝はまだ遠いのか部屋は暗い。闇と一緒に、重い空気が部屋にのしかかっていた。動物だからうっすらと見えるベッドの上の壁際の背中は、その中で辛そうに浮かんでいた。
「あんな奴、やめた方がいいよ。当たり前のことだよ」
 猫が恨むように言った。他は、頑なに動物のふりをしていた。