大学一年生、監督一年生

「寒い朝、一面にご飯が積もっているんだよな。そこにチラチラと降ってくるわけ。何が降ってくっかっつったらふりかけが降ってくるわけ。そこで、侍とやり投げ選手の一騎打ちだよバカ野郎が。ヘンリーネックTシャツが。どういうことかっていうと、ヘンリーネックの男は全員バカ野郎だこの野郎」
 う〜ん、映画監督ってそういうアイディア勝負だと思ってる人は絶対失敗するって風に思う。特に二十歳超えてからかな、そう思う。
 で、この人はどういう人かっていうと、駒沢大学の映画サークル入ってる19歳、大学1年なのね。だったらしょうがないし、むしろ面白い奴なのかもしれないよ? 若い奴の特権っていうか、「〜20歳」と「60歳〜」にやらなければ拍手されないことって絶対あるんだよ。
 で、こいつはそれをやってるんだ。19歳か、1年なのにずいぶん偉そうだな。こいつは期待できる!


「カット!」
 やり投げ選手の演技がなんかウケ狙いくせーな、と沼田は思った。侍から外れてフレームアウトしていくヤリのスピード感は、モノホン陸上部を連れてきただけにすげえ良かったし、全然カメラ追い切れなかったけど、それはともかく投げ方がオカマみたいだった。
 沼田はしばらくディレクターチェアにこれでもかと深く座りながら、たった今、自ら撮影した映像をチェックする。みんな、息をのんで見守る中、沼田が動いた。
「おんぼろフィルムだ!」
 尊敬する手塚先生に敬意を表して叫ぶ沼田。逆に失礼だし、デジタル撮影なのによく言う。でも、若さはディテールに宿るとかなんとか聞いたことある。
やり投げの4年、お前だよ! なんだその演技はバカ野郎。暑さで金玉が溶けてしまったのだろうか」
 臆せず名指しで言う沼田。しかし、陸上選手も負けてはいない。
「でも君、言わせてもらうと、僕の能力を最大限発揮しようと思えばこのお侍の身長は低すぎるよ。無理矢理低い角度で投げたら、オカマみたいになってしまうのは必定。やり投げで最も距離を稼げる角度っていうのはだいたい、だいたいあるでしょ」(筆者勉強不足)
 沼田は必定という言葉を知らなかったが、そこだけ無視して今の発言について考えた。そして自分を勘定に入れず、判断を下す。沼田のいいところだと思う。
「なるへそ一理ある。いや、三理ぐらいあっぞ!」
 そして沼田、さっそく侍を呼ぶ。
「よし、3年のお前。演技はすげえ良かった。でもタッパが足りない。3分後までにタッパを伸ばせ。だいたい4mぐらい。大急ぎ。その首元にヤリがぶっ刺されば、この映画は完成する」
 まだ若いから無茶な要求をしてしまう沼田。監督だから、その返事を聞く前に周りに別の指示を出す。
「飯を敷き直せ! ふりかけを補充しろ!」
 指示する方向を見ずに腕を交差させて指さす高等技術を前に、侍役の学生もがんばるしかないと思ったご様子だ。すでに、呼ばれた時より30センチほど伸びている。
 セットでは、全ての米を新しいのに敷きつめ直すため10名ほどのスタッフが出てきて、敷いてあった米でおむすび(ふりかけ)を作り始めている。お金が無いのに映画を作りたい、そんな熱い思いを抱えた学生たちが集まっているのだ。俺は泣きそうになった。
「監督! のりたま足りません!」
 スタッフの声が飛んだ。降ってくるふりかけには、のりたまを使用しているのだ。全員が心配そうな顔で一斉に沼田を見る。
「いいよそれはなんでも。バカ野郎だな〜! ヘンリーネックだな〜!」
 細かいところにやたらこだわるのが名監督の条件だと言う人もいる。でも、沼田はそのへん別によかった。
 沼田は本気だ。そして一生懸命だ。それでいいじゃないかバカ野郎どもが。