カコのワライ

「香田晋」
 プシュー。ドアが開き、2020年のにおいが鼻をついた。ちょうどこの頃に富士山が大噴火し、日本は灰だらけだった。雑草をかけてタイムマシーンを隠し、僕は自分の家へと向かった。
 時刻は午後四時。14歳帰宅部の僕はすぐさま家へ帰りネットサーフィンにサーフィンを重ねている頃だ。親はいない。ずっと共働きだからだ。今も共働きだ。
 マンションの共同玄関。今も僕の実家なので、慣れたものだ。
 しかし、カギを取り出したはいいがカギを入れるところがなかった。番号のボタンもない。声を吸い込ませるための穴が開いているだけだ。しかもいっぱい開いている。いやでもこれは普通だ。普通いっぱい開いている。
 しかし鍵穴やボタンがないのは僕の記憶と違うし、今のマンションとも違う。いったいどうしたのだろう。
 迷っていると住人が一人帰ってきた。顔を見たことがある中年女性だ。少し僕のことを怪しんで振り向きながら、穴に向かって喋った。
「ウチくる!?」
 僕は家に誘われたかと思い、これぞNSC36期生という二度見で振り返った。でも違った。
 ウイーン。
 それは声紋認識のための合い言葉だった。自動ドアが開き、女性はマンション内に消えた。
 その姿を見送った僕はゆっくりと音の穴に近づき、おそるおそる、しかしハイテンションで言った。
「ウチくる!?」
 ドアが開いた。いったいどうなってしまったのか。
 とにかく僕は自分の部屋へと向かった。自分の家だ。かまわずドアを開けて入る。という理屈をタイムトリップした奴がよく言うけど、どうなのかと思う。でも入った。実際なってみると、本当にそういう気分になるということがわかった。
 僕の部屋は入ってすぐのところだ。
「おい!」
 と僕は言った。一瞬にして部屋に気配がなくなったかと思ったら、逆にドアがゆっくりと開いた。人を信用しない小さな目が僕をとらえた。
 ここだ、と僕は思った。
「お前は中山ヒデよりつまらない。ヒデちゃんはお前の何百倍も頑張っているし実力がある」
「そんなの当たり前だろ。なんだいあんた……俺をバカにしてるのか」
 ドアの隙間からとがった声が飛んできた。
「え?」
「ヒデちゃんが世界一おもしろいことなんかあんたに言われなくたってわかってる。あんたよりヒデちゃんのおもしろさはずっとわかってる。ヒデちゃんは俺のあこがれだ。それでも俺はヒデちゃんに近づける唯一の人間だ。学校の連中とかとレベルが違うし、日本全国探しても俺ぐらいヒデちゃんぐらいおもしろい人間はいるかどうか。帰ってくれ。警察を呼ぶぞ」
「待て。警察を呼ぶな。あとバカを言うな。君が世界一おもしろいと思っているのはダウンタウン。そうだろ?」
「ヒデちゃんは『明日にONE WAY』をダウンタウンの『四時ですよ〜だ』のエンディングテーマとして楽曲提供している。ゆえにヒデちゃんの方がダウンタウンよりおもしろいし、実力がある。あんたは誰なんだ」
 僕は息をのんだ。3センチの隙間の先にある目は、冗談を言っている目ではない。
 これでは未来が変わってしまうではないか。でも、それならば僕はNSCの自己紹介で恥をかかないことになるのだろうか。過去と未来、自分のことばかり考えながら僕は立ち尽くしていた。


(まだつづくのか?)