こんにちは、小説家の烏山です

 小説家、烏山鳥一郎(からすやまとりいちろう)が今日二十枚目のクシャクシャ紙を背後に放り投げた時、ノックの音がした。振り向きざまに新しい原稿用紙をドアに投げつけると、専属編集の木暮くんが神妙かつ汗びっしょりで入ってきた。
 木暮くんは部屋に入ってきたのにしばらくしゃべらなかった。その間、烏山はさらに二枚の原稿用紙を無駄にした。一枚の完成原稿をものにするために、KOKUYOが三百円ほど儲かっている。
「先生、先月『グングン象さん』で連載終了しました『提出・光線・愛』の単行本が明日発売になります」
「木暮くん、私は今執筆中だ。頼むから後にしておくれよ。別にかまわないが」
 その柔和な笑顔を前にしても、緊張と僭越でリカコスマイルになってしまう木暮くん。今日は少しく様子がおかしい。彼がおずおず差し出した本は、哲学書のようなシンプルかっこいいデザインに帯もついて、もういつ発売してもいい状態っていうか明日発売だった。
 チラリと見て、烏山は背中でOKサインを出した。
 しかし、その帯が問題だと木暮くんは言いにくそうに言うのだった。
「これまでは、先生にパッと見のチェックをしていただき、そのままこちらもろくろく確認せずに出版していましたが、今回はちょっとそういうわけにもいかない帯になっておりまして。いくら先生でも、ここまでされたら黙っていないのではないかと」
 聞き捨てならない言葉に、烏山はこれぞ小説家という迫力で椅子をゆっくり回転させた。いつもはぜんぜん気にしていなかったけど、本はその中身、書かれた文章だけで完成するのではない。ちょっとだって考えたこともなかったけど、本は、紙があってインクの染みがあって装丁があって初めて「物」としてフェテッシュな魂が宿るものだ。その観点からすると、帯も関係あるっぽかった。黙っちゃ、黙っちゃいられない。
 烏山はじろりと木暮くんの手にある自分の本を見た。ふんふんと一通り確認していきなり椅子ごと後ろに倒れた。それでも、でかいリアクションはその時だけ、重いため息をつきながら椅子を戻し、座り直した。
「なんだね、その帯は」
 そう声を低めてから、烏山は珍しく怒りを露わにした。
「長編小説が書いてあるじゃねえか!」
 帯には、文字がびっしり書いてあった。というか、長編小説が書いてあった。
 烏山の顔はみるみるうちに人工革の赤いソファのようになってしまった。すごい肌触りだ。小説家にとって本は我が子のようなもの。その我が子(長編小説)に長編小説が巻き付いていたらいたたまれないだろう。無論、自分の本を褒めてなどいないし、触れてもいない。
「推薦文をお書きになったのは……」
「推薦文じゃねえよ! 長編小説だ!」
「小説家兼宇宙メッセージ録音・後日ノートに書き写し家の、結構狸血(けっこうたぬきち)先生です」
「あんの狸野郎! ぶっ殺してやる!」
 烏山はすぐさま机の上にあった電話を手に取り、ダイヤルを回した。レトロな物を愛用することで文体が重厚になると信じている節があるが、主に電撃文庫で活躍している。
 電話はすぐに反応があった。
――はい、来々軒ですけど。
「え?」
――来々軒ですけど。
「ふ……ふざけてんじゃねえぞ結構! てめえ絶対ぶっ殺してやるからな! おい!」
――少年アシベに出てくる来々軒ですけど。
「死ね! 殺す!」
 烏山は受話器を乱暴に置くと頭を抱え込んで机に突っ伏してしまった。
「先生、泣きっ面に蜂、いっていいですか」
「勝手にしろ」
「この長編小説なのですが、最後に『つづく』とあります」
「じゃあなんだ。俺が本を出すたびに、奴は帯に長編小説を連載するってか。そんなことしたら……どうしよう! ていうか、お前んとこの編集長は何してんだよ! もっと言うと、お前は何してんだ! ちゃんと仕事しろよ! キョンキョンと吉本ばななの、ウィンウィンの関係性を目指すのが、帯の推薦文だろ! 知名度と人気のあるメジャーがマイナーを褒めることで、マイナーに花を持たせる。今だったらピースの又吉とかに書いてもらえばいいじゃん! なんで結構狸血なんだよ! 誰だよ!」
「小説家兼宇宙メッセージ録音・後日ノートに書き写し家の」
「だから誰なんだよ! 世間からしたら誰なんだよ! ちくしょうおさまらねえもう一回かける!」
―― ……
「もしもし! てめえ訴えてやるからな!」
―― ……
「おい、結構!」
――幼稚園でお花つくったの
「やめろ!」