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人生分け目ライブ

「小さい頃、にこにこぷんを見ていたら、半年に一回ぐらい、草原の中のコテージみたいなところにロケで泊まりに行く回があって、すごくテンションがあがった」
 ジャンバーをラフに羽織った男がマイクに前かがみになって思い出を語り始めた頃、ドラムの前に座っている、頬にドクロを描いた男「頬ドクロ」は、客席に女の姿を探していた。
「小さい頃、耳に豆を入れて今もまだ入りっぱなしになってる奴の話は、全部嘘だと思ってる。昔の話だからわかりゃしねえと思って。そう思ってる」
 女の名前は、美原さゆり。小学校の同級生だった。同窓会で再会し、メールアドレスを交換した。何回かのやりとりの末、食事に誘うことができた。
「絶体絶命の戦いの最中に、時計が壊れちゃうんだよ。空港で買った間に合わせのやっすい時計なんだけどさ、うんともすんとも動かないんだわ。でも、それに気づきながら外さないんだよ。つけたまま戦い続けるの。つまり彼はさ、それが直ると思ってるんだ。生きて帰るつもりなんだよ・・・」
 さゆりは、頬ドクロにはわからないが、外資系の何かで働いているという。仕事が恋人みたいなものよ、こんなはずじゃなかったのにね、とパスタを巻き付けながら笑うその顔は、しかし頬ドクロには、あこがれていたあの頃のままだった。
「この前、アレルギーの検査行ったら、俺、実はハウスダストに超弱いみたいです。そこだけグラフが振り切れてた」
 外は雨が降っていた。仕事は休みだと言っていたが、やはり来ないのだろうか。たくさんの笑い声が聞こえてくるが、何も感じない。同じように空気が震えても、頬ドクロの心を震わせるものはその中になかった。やはり彼女は来ていないのだ。
「犬ってさ、ベロベロなめるじゃん。で、ふと考えたわけ。こっちがなめ返したら、こいつらどう思うんだろうって。だからやってみたんだよ。おかまいなしだったね。で、ふと考えてみたら、すでにムツゴロウがやってた」
 大塚くんは、何をしてるの。初めてそう聞かれた時、答えに躊躇した。35歳、まともな仕事とは言えまい。もし本当のことを言えば、全て台無しになるような気がした。
「う〜んでも逆にさ、興味ないものもいっぱいあるよね。たとえばそうだな。CMで、すごくたくさん、数え切れないぐらいの大勢の女が、猛然とどこか一カ所に向かって走ってる。その行き先、ぜんぜん興味ないよね」
 でも、彼女には、全てを見て欲しかった。そう思えたのは、本気だったからだ。良いも悪いもなく、全て彼女の判断に委ねてしまいたかった。そして、良いもなく悪いもなく、肯定してくれるのなら、それだけで生きていけると思った。
「たとえば、田中ってやつについて考える。俺が田中をどう思ってるのか。そこで、俺に息子ができたと考えるわけ。そんで占い師のところかなんかに連れていくとする」
 だが、やはり彼女は来ない。
「そこで、俺は、息子さんは田中が前世だということを聞かされるわけよ。そのとき俺がどう思うか。田中が前世か、いやだな。実は、そう考えた時の、その時の気持ちが、俺の現在の田中への評価になるんだよ。だから俺、田中嫌いなんだけど」
 ホホドクロはスティックを手に取り、スネアにたたきつけようとしてやめた。
 やっぱり、ダメなんだ。彼女は来ないんだ。
「腹筋に力を入れて、っていうのはさ、しょせんクールな段階の話でしょ。でも、本当におしっこを我慢する時のレッドゾーンってさ、正直、もみしだくよね。女はどうか知らないけどさ・・・」
 ・・・今度、ライブやるからさ・・・。
 ・・・絶対、美原さんに見て欲しいんだ・・・。
「俺が考えてる映画のかっこいい台詞、発表。アナルに拳銃をつっこまれた男が、命乞いもせずに一言。『ケツ穴から心臓ねらいな!』」
 ・・・ライブ、俺もでるからさ。絶対きてほしいんだ・・・
 ・・・美原さんに、見て欲しいんだ・・・
「ラストは、死んだはずのそいつ、ケツがメカになっちゃってんだけど、ロボコップみたいにケツの上半分だけメカになっちゃってんだけど、そいつが出てきて順番に復讐していくのよ」
 やはり来ないのか。やっぱりダメなのか。でも、来なくてよかったのかもしれない。幻滅させるだけだって、そのぐらい最初からわかってたはずだ。だからこれでよかったんだ。
「端から、べっぴんさん、べっぴんさん」
 大体こんな、バンドのMCでやってる体(てい)のピン芸人の単独ライブを見せて、どうする気だったんだ?
「最後になったけど、ジャンバー羽織ってる?」
 ・・・1000人ぐらいの会場で、ジャンバー羽織るさんの単独ライブで、もしその日都合悪いなら、DVD出るからさ。大きいTSUTAYAだと置くはずだからさ、絶対見てほしいんだ・・・