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思い出はクミコ、いつの日も雨

 クミコはさしのべられたお父さんの手を振り払い、追い立てるようにツバを吐いた。中学女子なのに、まるでメジャーリーガーのように2m、かたまりでとばした。
 お父さんは、それを避けるために体をねじり倒したため、ショッピングモールのど真ん中で、うつ伏せに倒れてしまった。野次馬はじりじり増えていった。
「吉本あそべる水族館まで来て、そんな顔することないでしょ!」
 お母さんが首を振り、小声で顔をきっとゆがめる。
「うるせえクソババア。武蔵野ライン・サイレント屁こき女」
 お母さんが行きの電車で人知れずすかしっぺをしたことを暴露すると、クミコは手首の湿疹をかいた。
 お母さんは恥ずかしさと怒り、どちらをメインテーマにしたらいいか迷ったままタイミングを逃し、黙り込んでしまった。必死で涙を抑えた。
「クミコ、吉本あそべる水族館の、何が気に食わないんだい」
 お父さんが修学旅行で恋愛話をする時のうつぶせで顔をあげた体勢のまま言った。
「ガキが多すぎなんだよ。柿の種みてえに無個性でしょぼくれた賽の目世代の甘やかされてもてはやされた失敗談の集大成がぞろぞろぞろぞろ、まるで騒がしい金魚の糞だ。99%がしょぼい人間になる。全員殺してくれ。もしくは去勢しろ。至急、ポコチンバスターズを呼んでくれ!」
「そんなものはいない!」
「マンスジバスターズを呼んでくれ」
「クミコ!」
 ここはさすがにお母さんが声を荒げた。年頃の娘がマンスジバスターズと口に出して黙っている親はいない。
 クミコはお母さんをやぶにらみで一にらみすると、セーターをまくりあげ、腕を高く上げ、狂ったように手首をかいた。
「来てくれ〜、マンスジバスターズよ来てくれ〜〜」
 ボリボリ音を立てて祈るように、三階立ての吹き抜けに声を響きわたらせるクミコ。いったい、どうしてこんな子に育ってしまったのか。
「欺瞞に満ちた世の中で、オレのマンスジをドドメ色のプラスチックにしてくれ〜〜。マンスジにも使える修正テープをくれ〜〜」
「あんたって子は!」
 お母さんがすごい勢いで飛びかかったが、クミコは横に飛びす去りながら、ウサちゃんトートバッグをお母さんの肩に降りおろした。
「うっ!」
 そこを手で押さえようとするが更年期で届かないお母さん。その背中に、クミコはためらいもなくツバを吐いた。
「あせったぜ。屁のジェットを使ったな! 今時ババロア頼んで食ってんじゃねえよ久々聞いたわ! うおおおおおおおおおお!!」
 クミコはお昼に入ったお店でお母さんが注文したものをバカにしたまま叫び声をあげたと思えば、肩をぐるぐる回してとうとうウサちゃんバッグを二階まで放り投げた。
 お母さんとお父さんは、別の場所から、同じうつ伏せの体勢で、最後の頼みの綱であるお兄ちゃんを見た。
 普段は引っ込み思案なお兄ちゃんだが、今日はダノンビオをもう二週間続けているので、オレにまかせろという気分になっていた。
「クミコ、お兄ちゃんだよ」
 お兄ちゃんはぎりぎりクミコに聞こえるように言った。クミコはばりばりひっかく音でそれに応えた。
「吉本あそべる水族館まで来たんだから、少しは楽しそうな顔をすればいいじゃないか。お兄ちゃんも今日、吉本あそべる水族館に行くっていうから、ずっと楽しみにしてたんだ」
「黙れ。お前は一刻も早く吉本はたらく人生観を手にしろ。三十手前になってノコノコ遊びについてきやがって。何が平日に行こうよだ。てめえだけだ、月火水木金なし暇すぎネット対戦で泣き通しは。ニートの群れの中でぐらい結果出せ。オナニーばっかり三昧しやがって。どうだよ? ティッシュに精液染み込ませるだけの人生はどうだ? お前は気づいてないだろうが、お前もああして、何も知らねえまま、何の役にも立たず、ひからびて、ゴミだけ出して、腐臭をまき散らして死ぬんだ。せいぜい焼却炉で激しく燃えろ! プレステ3鼻セレブで磨いてる暇があるならさっさと死ねばいんだ。今ザリガニと火花を散らすお前は、生きれば生きるほど単細胞生物と互角の存在になっていく。大急ぎで死んだ方が身のためだ。ちょっとは、未来で前世がお前だと言われた奴の負担を減らせ! おい聞いてんのか!!」
 お兄ちゃんはクミコの台詞に傷つきふらつき打ちのめされ、プレステ3のところで、近くのエスカレーターに飛び乗っていた。耳をふさいだ棒立ちのまま、クミコを見下ろしてどんどん上へ上がっていく。
 気づけば、いつの間にか2000人に膨れ上がっていた野次馬、その全員がお兄ちゃんを見上げていた。呪詛の言葉を吐きながら、またしても傷ついてしまうクミコであった。