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今のスプーンはくもらない

 ドデカミンを飲んでいる二十代の女を見て、隣の友達と一緒になってバカにしていたユウイチだが、その時、本当の気持ちはプロポーズしていた。心の中で「好きだ好きだ」と繰り返し続けたせいで、もう「ダスキンダスキン」としか聞こえなかったし、途中から本人もダスキンと言っていた。
ダスキンダスキン! こんな気持ちは初めてだぜ ただいまー おつやおつや!」(ドタドタ)
 ユウイチは家に帰って一発クレヨンしんちゃんで元気を装いながら、そのくせおやつ抜きでベッドにもぐりこみ、ドデカミンの女の顔を思い出しながら、2時間あっという間に過ごした。
「あの女(ひと)のことを考えていたら2時間あっという間だった。この気持ちを一体どうしたらいいんだ。あの女(ひと)に会うことなんて、もう二度と無いんじゃないだろうかいっただっきまーす!」
 ユウイチは『笑う犬2010〜新たなる旅〜』を観て火がついたように爆笑しながら、別々の市販カレールーを半々使っただけで主婦の鏡ヅラする母のカレーライスをほおばった。ユウイチの笑い声だけが、食卓に響いていた。
 チャリーン。突然、スプーンが床をはねた。
「ユウイチ……」
 お母さんが、よく舐めたとはいえカレーの縦筋の入っているスプーンを床に落っことしてまで伝えたかったのは、ユウイチ泣いてんのか? ということだった。そして、子供の頃よくスプーンがくもっていたが、あれは全部カレーのせいなのではないか?
 その通り、ユウイチは泣いていたのだ。『笑う犬』を観ながら大粒の涙をこぼしていた。そしてその昔、スプーンは質が悪かった。
 ユウイチの涙を見てお母さんはわけもわからずオロオロしているが、お父さんは慰めと叱咤のこもった瞳にユウイチを映した。
 ユウイチ、それは笑い泣きなんかじゃないな。その涙は、二度と会えない女の味だ。
 お父さんにははっきりとわかったのだ。なぜなら、さっきユウイチが「いただきます」する前に全部言ってたからだ。父親であるという以前に、一人の男として、さっきユウイチが「いただきます」する前に全部言ってたのを聞いてたからだ。