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玉黒道中

 玉黒(たまくろ)さまの人身御供に選ばれた私には、もう自分のために使うようなおろそかな時間は残されていませんでした。どうせ毎年のこと、誰かが行かねばならないのです。家族の涙も乾かぬ間に、準備にとりかかりました。
 立派な輿が、私の家の前まで運ばれてきました。一糸まとわぬ姿になって、まず後ろ手を縛られると、荒縄のささくれが手首の血の管をついて、激しく脈を打ちました。私は深呼吸してその痛みにも似たものを受け入れました。そのうち、縄は、体のゆるやかなへこみを全て縫うようにして、私を縛ってしまい、静かに整え押しとどめていたものを露わにしてしまいました。
 私は輿の上に載せられました。弟が、神妙な、少し上気した顔で私の体を見上げていました。
 玉黒さまはどんな御方だろう。せめて優しい御方であれば。
 輿の上、私の周りには、立派なナスビやキュウリやコケシが転がり、ドロドロとした液体の入った「ペペ」と書かれた特殊な容器が整然と並び、替えの白ブリーフが四十枚も積み上げられていました。それらの物に囲まれて、私は尻を高く上げて、亀のようにじっとしていました。そんな私の姿を見て遊びに行くとでも思ったのでしょう。1歳になんなんとする息子が「ぼくも連れて行って」とでも言うように泣きました。
「連れて行くわけにはいかんのじゃ」
 私はそう言って、けんか御輿の若い衆に合図しました。わっしょいわっしょい、とガチホモの待つ祠へ向かう御輿が男らしく揺れ始めました。私は振り返ることもなく、ただ肛門を引き締めていました。パンプアップした筋肉がしぼんでしまわなければよいが、と考えながら。
 道中、まるで金玉をひっくり返したような不思議な形の岩に、私がやめろというのに若い衆が御輿を下からひっかくようにぶつけていたところ、一匹の犬が、こっちをいぶかしげに見つつ、たまにメモ帳のようなものもチラ見しながら、そばに寄ってきました。犬はメモ帳と私を二回ずつ確認した後、急に真面目な顔つきになって、歌い始めました。
「♪もーもたろさん ももたろさん」
 私は必死で首を振りました。
「♪おこしにつけた き……う、うわー!」
 犬は私の腰に回り込みながら歌っていましたが、途中で悲鳴を上げ、わざと肛門が見えるような走り方をしているんじゃないかという走り方で逃げていきました。若い衆は、私に気を遣って黙っていましたが、少し笑っていたと思います。
 さて、先を急いでいると、身の丈ゆうに5mはあろうかという鬼の2人組(たぶん工業高校の1年)が、横断歩道の向こうから、半笑いでこっちを指さしているのに気づいて、私たちは全員「やばい」と思いました。信号が青になると、やっぱり鬼たちはダラダラとした歩き方で寄ってきました。私たちは、最近のGANTZみたいな状況に陥ってしまいました(全裸なのは私だけですが)。
 そんなとき、私を助けてくれるのはやはりウルトラマンなのでした。ウルトラマンは鬼を小指のへりだけでやっつけると、私をチラリと見てギョッとし、そのままそそくさと飛び立っていきました。飛び立つ瞬間も、その後も、ずーっと私を見ていました。かなり上空でもまだ見ていました。おわり。