宇宙 日本 やおきん

 ゴッタイモと弟のケンジが話しているのを、ぼくは知らない振りして聞いていた。
「お前らんちは貧乏だからな」
「うちは貧乏じゃないよ」
「おやつだって、うまい棒一本しか出ないんだろ。みんな言ってるぞ。うまい棒しか食べたことないって」
「そんなことないよ。いろいろ出るよ。ケーキ出るよ」
 その日、ぼくたちがいつものように濡れた雑誌と草しかない丘で遊んでいたのだった。弟のケンジと、ゴッタイモと、苦学生、そして誰か知らない女子。誰が彼女を連れてきたのかぼくは知らない。
「あんたんち、おやつ、うまい棒ばっかなの?」
 そばで話を聞いていた女子がぼくに話しかけてきた。
「そんなわけないだろ。今は円高、ドル安だよ?」
 雑誌を積みあげて遊んでいる時、雲一つない空に、赤く光るUFOが見えた。ケンジがまず気づいた。ぼくとケンジ、ゴッタイモは、UFO、UFOと大騒ぎになった。
「ちょっと待ちなよ」
 色めき立つぼくらをよそに、もう一人の仲間、物知りの苦学生が険しい顔をした。
「本来が、アダムスキー型のUFOは横に回転することで浮力を得ているんだ。でもごらんよ。あのUFOは、縦に回転しているだろう。しかもバーニング、燃えている。この計算式からはじき出される答えは……」
 苦学生がもったいぶってメガネをあげた瞬間、上空でUFOが大爆発した。
「大爆発だ!」
 ゴッタイモが大声をあげた。
 大爆発する瞬間、機体からスポーンと何か飛び出した。その何かは、ぼくたちの方に向かって落ちてきた。丘の向こうに消えたかと思うと、ズボッという音がした。
「刺さった!」
 ぼくたちは、一目散に丘の頂上に走り出した。隣をグングン誰かが駆け抜けた。
(足の速い女子かっ)
 知らない女子に追い抜かされたぼくは、弟のケンジを気遣っている感じを装ってスピードを落とした。振り返ると、確かにケンジは、丘を埋め尽くす濡れた雑誌に足を取られて難儀している。
「大丈夫か、まったくもう! お前はまったくもう!」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
 丘の上に行くに従って、表紙が尻上がりによれよれになっていくため、非常に歩きにくいのは確かだ。でも、こんなに情けないケンジはもっと強くならなければ。所さんのように奔放に生きろとは言わないが、少なくとも、サングラスはかけずに頭に乗せておく手段もあるということを学んで欲しい。
 ぼくたち二人はようやく丘の上に登った。下を見ると、三人が何かを取り囲んでいた。ぼくはケンジの手を引きながら、濡れた雑誌の上を滑り降りた。
 知らない女子が、地面から出ている何かにいいキックを何発も入れているので、のぞきこむと、腰から下が地中に埋まった宇宙人だった。
 頭はソフトクリームの先のようにクルッとして、全身緑色、かと言って不思議とナメック星人らしさはない。大きな目が、空の色を反射して水色に光っている。蹴りが入るたびに目をつぶると、つぶったところがよく出来ていて気持ち悪い。肩幅はさすが宇宙人というべき細さ、家と家の隙間をどこまでも猫を追いかけて行けそうだ。胸から腹の部分にかけては、入れ墨だろうか、「奈良の大」と書かれていて、埋まって隠れているであろう「仏」という字の上の方も見えている。
 知らない女子が、そんな宇宙人に、蹴りを何発も入れ続けてやめる気配がないので、ぼくは、遊んでいる時から信頼していなかったが、この女子はおかしいと思った。乱暴者のゴッタイモでさえ、軽く握った手を口にあてて、負けているときの強豪サッカー監督みたいになっている。
「蹴りはどうかと思う、正直」
 苦学生もそれとなく注意するが、女子だから遠慮している。女子は、苦学生の方を振り返ることもないまま、濡れて乾いた地面に転がっているSPA!を手に取った。手際よく丸めて、やっぱりと言うべきか、それで宇宙人を問答無用でたたき始めた。乾いたマヌケな音がむなしく響く。宇宙人は目を閉じて、黙って下を向いて耐えている。
 ケンジはぼくの手を握って、心配そうに、その様子と、ときどきぼくに目をやった。ケンジは心やさしい子だ。そして世話を焼きたがる。そういうところは所さんにとてもよく似ていると、ぼくはいつも思う。だからこそがんばって欲しい。
「ねえ、やめなよ」
 ぼくはボソッと言った。知らない女子は、たたくのを止めてぼくをにらみつけた。
「お前らと遊んでても一生つまんねー」
 女子は吐き捨てるように言うと、SPA!を宇宙人に力任せに投げつけて、ゆっくり丘を上がっていった。ゆっくりちらちらパンツが見えたけど、何も思わなかった。大人の人みたいな模様のいやらしいランジェリーだったけど、何も思わなかった。女子は登りきると、ぼくらを見下ろした。そして、周りを見回し、重そうなタウンページを中腰で持ち上げると、こっちに放り投げて、丘の向こうへ消えた。
「みんな」
 宇宙人が突然しゃべった。そして力なく漏れ笑った。
「みんな勃起してるね。パンツ見えたから?」
 確かに、ぼくも、ゴッタイモも、苦学生も、ケンジでさえも、勃起していた。ぼくは、申し訳ない、さっき何も思わないと言ったけれども、体は正直だった。みんなの体は正直で、チンチンが感動していた。
 ぼくたちは宇宙人にそんなことを指摘されるのは初めてだったし、あんまり恥ずかしいので、下を向いて一斉にモジモジした。
「助けてくれない?」
 宇宙人はつづけた。
 ぼくたちは苦学生を見た。こんなときは、苦学生に頼るしかない。
「よした方がいい。この人は、地球にはない色々なバイ菌を持っている。それに対する免疫を、ぼくたち地球人はもっていないんだ。こうしてそばにいるだけでも危ないかもしれない。さっきの女子も、誰だか知らないけど、あんなにバンバン蹴って、感染したかもしれないよ。掘り起こして助けるなんて、もってのほかだ」
「じゃあ、警察に電話しよう」
 ゴッタイモが言った。ぼくも名案だと思ったけれど、苦学生は叫んだ。
「消されるぞ!」
「え!?」
「この人は、どこからどう見ても宇宙人だ。千葉県民に見えるか? 足りない頭を使ってよく考えるんだ。宇宙人を生け捕りにできるなんて、世界的な機密事項だよ。大騒ぎになってしまうから、すぐには世界に公表できない。これが菅直人に知られれば、菅直人にとって秘密を知っているぼくたちは邪魔になる」
「ぼくたち、お邪魔虫なの?」
 ケンジを無視して、苦学生は続けた。
「そうとなれば、出来ることはただ一つ。なかったことにすることだ。この宇宙人を、ここにある、ありとあらゆる雑誌で隠してしまうんだ。FOCUSとか噂の眞相とか、休刊した雑誌は使わないこと。怪しまれるから!」
「そ、そうだな。じゃあ、早いとこやっちまおう」
 ゴッタイモは早速雑誌を拾い集めながら言った。
「おいしいお菓子あるよ」
 宇宙人がしゃべった。
 ぼくは、雑誌を集めて聞かない振りをした。苦学生も「コミックバンチもダメだ! 休刊するから!」とわざと大きな声で指示を出した。食いしん坊のゴッタイモでさえも、わざわざ宇宙人にケツを向けて、「OK!」と普段使わない横文字で応じている。
 立ち尽くしたケンジの目だけが、マジに輝いていた。
「おい、ケンジ。早く雑誌を集めるんだ」
 ぼくが注意して、しぶしぶしゃがみこんで拾い始めるが、どうもちらちら宇宙人を振り返っている。
「地球じゃ売ってないよ」
 宇宙人の方も、完全にケンジに狙いを定めたらしい。
「日本じゃ、アメ横でしか売ってないよ」
 あろうことか、ケンジがフラフラ宇宙人に向かって歩き出したので、ぼくはその肩を引っ張って、さっさと雑誌を集めろというメッセージをこめて、そのまま無理矢理しゃがみこませた。
「何味?」
 ケンジは雑誌を拾う素振りをしながらつぶやいた。ぼくは無視した。宇宙人は考え込んでいる。
「サラミ味?」
 ぼくの脳みそが、針で刺されたように小さく痛んだ。動きを止めて話に聞き入った。
「テリヤキバーガー味?」
 ぼくはあせった。ゴッタイモが、片膝をついてその様子をじっと見ている。苦学生も、何かメモを取っている。興味深そうな顔だ。
「ヤサイサラダ味?」
「ケンジ、よせ!」
 ぼくはさっきとは違う理由でケンジを張り飛ばしてやりたかった。ケンジはドキッとするほど真面目な顔でぼくを見たが、すぐに宇宙人の方に笑顔を向けた。
「じゃあ、じゃあ、もしかして、ぼくの好きな、めんたい味?」
 ゴッタイモが今度はぼくの方を見ているような気がした。
「このバカヤロウ!」
 ぼくは、喩えようがないほど飛び上がり、弟の背中に思いっきりドロップキックした。
 弟の体は陽気なディズニーアニメぐらい吹っ飛び、そのまま宇宙人に激突した。
「あっ!」
 頭の中をバイ菌のこととか色々ぐるぐる駆けずり回って混乱したぼくが我に返った時、弟はすでに、宇宙人の腕の中で、宇宙人の手から直接、さくさくした棒状のスナックを食べていた。それはひどくうまい棒に似ていた。
 ぼくはどうしたらいい? 苦学生に声をかけようとしたが、苦学生はもう、一人、N95マスクを装着してだんまりを決め込んでいる。ゴッタイモは犬のように丘を駆け上っているところだった。
「力が、力がみなぎる!」
 完食し、聞き慣れない言葉遣いで叫んだ弟が自らの手でTシャツを引きちぎった。唖然とするぼくの方を向いて、弟は力をもてあましてしょうがないと言わんばかりにスクワットを始めた。弟の胸から腹にかけて、「奈良の大仏」という文字がゆっくり浮かび上がってきた。
 ぼくは自分の叫び声の中で、
「一刻も早く、あの大仏を巨大UFOに改造しなくては」
 という弟の声を聞いた。