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ポリ公ネズミ取り大学・月曜一限目

 ウーウーけたたましいサイレンが鳴り、そっから!?という位置からパトカーが飛び出してきた。
「やべえ。あいつ、とっつかまるぜ!」
 タバコを買いに来ていた地元民の67歳は、片目をつぶって快哉を叫んだ。
 ネズミ取りとは、国道の死角(ブラック・ボックス)に潜んだパトカーや白バイが、こっそりスピード違反や一時停止違反をチェックし飛び出し取り締まる国家レベルの不意打ち行為。喩えるなら、急に人を刺し、人の税金で暮らすウォーリーである。
「前の白いマジェスタ、左に寄せて止まりなさい。いい車乗ってんね。止まりなさい」
 ビビった動きでマジェスタが止まった。
 ポリスマンが近づくと、窓が開いた。自動で。
 顔を出したのは、ケンカしたら絶対勝てそうなひ弱なヘロヘロくんである。大学生だろうか。
「スピード違反と、一時停止違反。免許証出して」
「いや、でも……」
 どうしてこんな子がクラウンマジェスタに……とポリが俗物根性を脳と顔にしみ出させた時、後部座席からうめき声が聞こえてきた。
「おなか痛い痛い痛いたいたい」
「ん?」
 ポリがのぞくと、後部座席に寝転がっているおじさんがいた。目が合うと、おじさんはゆっくり息を吸い、少し大きな声で言った。
「大学教授、急におなか痛い痛い痛いたいたい」
「教授を、病院に送らないといけなかったんです。教授は、大学で教えているんです」
 運転手の若者が説明する。
「そうなの。大丈夫?」
 ポリスは表情を変えない。教授の方は変わった。今日はエイプリルフールじゃないはずなのに、どうして。教授は座席の上で器用に一回転し、苦しそうな様を360度ポリスに見せつけた。さあ、ゼミ生、がんばれ。がんばって俺を助けてみろ! 単位やるから!
「どんなに国道を飛ばしてでも、教授を送るため、病院に急がなくちゃいけなかったんです」
「ふうん。どこの大学?」
 思いもよらぬ質問が飛んできた。
 ゼミ生が口を開こうとした時、教授は絶叫した。
「たいたい!! 痛い痛い痛いたいたいたいたい!」
 そして、振り向いたゼミ生を、苦痛にゆがんだ顔に下書きした鬼の形相でにらみつける。もっともっと、俺のプラスになることを言え。大学教授の権威で、国家権力をねじ伏せよう! がんばろう! だから大学名は言うな。言ったら負けだ。それに、それに、
「ニュースになっちゃうだろ!」
「は?」
「おなかおなか痛いたい」

「とにかく教授の授業は、単位を取るのが難しいので有名なんです。あとプリント見にくいんです」
「違う違う違うがうがう!」
「ああ、テスト厳しいんだ? いるよねそういう教授。でも、そうじゃないとね」
 ポリスが意外に食いついたので、教授は急に黙った。
「そうなんです。出席は取らないんですけど、その分テストが難しいんです」
「うん。しゃべりながらでいいから免許証出してくれる?」
「はっ早く! 早く手術したいしたいたいたい!!」
「そ、そうだ。そうだった。急がないと手遅れになっちゃう。教授が死んでしまう」
 ポリは口をへの字にゆがませ、また教授をのぞきこむ。教授は目を見開く。
「盲腸動いてる! 盲腸動いてる! 痛い痛い!」
 ポリはじっと見つめる。教授はあせる。
「盲腸ここまできてる!!」
 そう言って教授はのどに横向きにした手をあてた。そして思った。
 やばい! 言い過ぎた!
「う、うわーーー!」
 と言って、教授は背もたれの方を向いて難を逃れた。ポリはまた大学生に話しかけて、ごつごつした手を出す。
「さっさと出して。それとも持ってないの?」
「いや、でも、だから教授が……盲腸が喉まできて……急がないと……」
 バカヤロウ! 教授は目をつぶったまま心の声で叫び、シートに顔をこすりつけた。だから、だから四流大学はダメなんだ! 盲腸が喉からとかは、言い過ぎだろそれはどう考えても! すっと流せよそこは! そこはすっとでいいから、もっと俺の権威を出して、俺を褒めて褒めて、命を助けないと、病院に急がないと、宇宙的損失だということを言えよ。そういう方向性だろ! アピってアピってもみ消せ! スピード違反と、一時停止違反と、無免許をもみ消せ! あと飲酒運転! 息を吸いながらしゃべれ! ジュースホルダーのアサヒスーパードライは死んでも隠せ!
「単位やるから!」
「ん? なに?」
「おなか痛い痛い痛いたいたい!」
 ポリの落ち着いた言動に、教授は劣勢を感じ取った。さすが、難しい試験に合格しただけのことはある。大急ぎで体勢を変えて振り向き、もっと俺を褒めろ、どんどんアシストしろ、あのことを言え、という激情をバックミラーに反射させた。大学生は目の動きだけでそれを確認すると、言った。
「あの、教授は、一回ニュースに出たことがあるんですよ。ニート問題にVTRでコメントしたんです。日本の宝です」
「ふうん」
「二回二回二回かいかいかい二回!!」
「二回出たことがあるんです」
「ふうん」
ポアンカレ予想おなか痛い痛い痛いたいたい」
 テレビパワーが効いていないことにあせった教授は、自分の専門分野を忘れつつも、必死で頭のよさそうなことを言ってポリをたぶらかしにかかる。
「粒子的地平面すごいすごいすごい! すごい深い深い深い!」
「何言ってんの?」
「え?」
「それアサヒスーパードライ?」