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よくあるジャッカル非常事態

 昼下がりの草原で、獰猛なジャッカルたちがぼくを取り囲んでいた。バウワウと洋鳴きで、今にもぼくを食らわんとせんばかりだ。
 ぼくは、膝のところで蛇腹になっているずり下げたジーンズがすごく束感のある血管をめちゃ圧迫しているのを感じながら、体をひねって必死で棒きれを振り回した。
「ジンジンしてきた! ジーンズ着てくるんじゃなかった!」
 おさまりのつかない気持ちを吐露しつつ、ジャッカルを威嚇する。ジャッカルは、少しビビりながらも、今にもぼくに飛びかかってきそうな体勢である。パッと見で、後ろ足にストレッチパワーをためこんでいるのがわかる。ぼくの桃尻を、肉食動物としての自分に関連づけしているようだ。
「ほらほらほらほら! 当たっちゃうよォ!」
 棒きれをさらに振ったそのとき、そんなつもりはなかったのに、ぼくのケツメドから第一陣がニュルッとでた。ジャッカル中がどよめき、空耳だろうか、「おいおいおいおい」という低い声が聞こえた気がした。
 僕は少し顔を赤らめながらも、ジャッカルがひるんだのをいいことに、
「どうだまいったか!」
 と前を向いて声を張り上げる。
 死んで花実が咲くものか。旅の恥はかきすて。先人たちの知恵言葉をアーマーに、ジャッカルと背中向きで闘うぼく。それを現地人、早く見つけてくれ。
 そうでないとぼくは、ぼくは、と覚悟しかけたけれど、それから、ジャッカルたちの顔色が優れない。目が合うと盛んに吠えたててくるが、食べようとしている迫力はもうなかった。むしろ盛んに、この場から追い立てようとしている吠え方だ。
 ぼくは不安な気持ちで、そ、そいじゃおさき失礼します、とおずおず立ち上がって、パンツとズボンをあげようとするが、そこで、まるで注意でもするようにジャッカルは吠えまくった。
 顔色をうかがいながらまたズボンを下ろし、尻を出す。ベルトの金具があわただしく鳴って止む。うんうんとうなずくジャッカル。そして、
「はい、そんで?」
 という声で吠える一番前のジャッカル。
 わけのわからないぼくは、
「なに、なに?」
 と聞き返しながら、一回立って座ったらまた便意をもよおしたので、第二陣をナチュラルにナチュラルした。
 今までで一番、そこにいる全員に吠えられた。みんなの目が鋭く三角形になっている。よほどくやしいのか、感情をぶつけるように力いっぱい穴を掘るジャッカルもいた。
「すいません」
 ぼくはつぶやいて、別の可能性を模索する。ジャッカルたちは、ぼくのケツメドを一点見つめで「ウ〜〜〜、ガルルルル」と唸り、時々ちらちらとぼくの目を見て、わかるな? と何かただならぬメッセージを伝えようとしているようだ。なぜ怒られているかわかってるか? という野性の声だけは聞こえる。
 だからぼくはケツ丸出しで思慮する。さっき怒られたこと……肛門…肉食……バウワウ……。
 ぼくはハッとした。頭上から少しずれたところに豆電球が灯り、ジャッカルたちはオッという顔をした。
 そうなのだ。極限状態でうろたえているばかりか、もともとウブなぼくにもそこでようやくわかった。ぼくは、リュックサックのサイドポケットから、武富士のティッシュを取り出して掲げ、ジャッカルたちに見せた。
 場が一挙に華やいだ。
「ワッ、バウワウッ、ワッ」
 と実に楽しそうなジャッカルたちは、小躍りして飛び上がり、しっぽを振ったり、土に体をこすりつけて喜びを表現する。
 こんなにものを深く考えたことなんて、今までなかった気がする。日本でのうのうと暮らしていたら、頭を使わないだって生きていける。でも、ひとたび世界に飛び出したら、そうはいかない。いちいち考えていかなくては、自分を見失ってしまう。ケツを拭けばええがなという、そんなことまで意識的にやっていかなければ、サバイバルの笑いものだ。ケツを拭けばええがな。それでええがな。ええティッシュやがな。それで拭いたらええがな。
 ぼくは、ジャッカルたちの「あっ、あっ」「左、左」「いった」「もっと奥奥奥奥奥」などのアシスト吠えを受けて、こんなに尻をきれいにぬぐったことはないというぐらいの男になった。顔も渋かった。
 こんな野生で助け合いの精神に満ちた真摯な姿に接して感動し、もっとジャッカルを喜ばせたくなったぼくは、さらにリュックをまさぐり、
「じゃ〜〜〜ん!」
 と簡易ウォシュレットを取り出した。
 途端に、こっちを向いた全てのジャッカルが、空を仰がないでぼくの方を見たまま、遠吠えした。鈍感なぼくにも、それがどんな気持ちを表しているのかはっきりとわかった。ずばり、いい女とすれ違った外人の口笛だろう。
 それから、きれいなお尻になったぼくは、ウンコから少し離れたところでペロリときれいに食べられた。