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岩手県立ドミノ

 佐野さんのスタイルは、ドミノの先にしゃがみこんで、左手にドミノをいくつか持ち、右手で一つ取っては置いていくというものだ。そして満足そうにしばらく眺めてから、また手を動かす。
 おっとりした性格よろしく動作ものんびりした佐野さんの貢献は、全体からみれば小さなものだった。でも、佐野さんはとても充実していた。もっと早くから参加をすればよかったと思いながら、友達の早川さんが百姓のように後ろ向きでドミノをさっさと置いていく姿を見て、すごいな早川さんは。まるで百姓みたい、と感心、自分も頑張らなくてはと心を奮い立たせた。
 とか言いながら、ほっと一息ついて体育館を見渡してしまう佐野さんは、あそこに乃木浦さんがいたり、早川さんの好きな工藤くんが知らない後輩と喋っていたりと、知っている人や知らない人が一緒になって、この大きな体育館に集まって一つの目標を成し遂げようとしているのが本当にすばらしいことだとしみじみ思うのだった。
 このドミノにはテレビカメラも入っていた。地元岩手めんこいテレビが、毎回ひとつの学校を取り上げて何か成し遂げる様子を撮る人気番組だ。
「進んでますか?」
 佐野さんの後ろで声がした。岩手めんこいテレビのスタッフが、デジカムを佐野さんに向けている。
「はい。がんばってます」
「ドミノを並べるのは大変?」
「はい。大変ですけど、でも楽しいです」
 佐野さんが当たり前のように手を止めてにこにこ喋っていると、テレビに出たい早川さんが、猛然と百姓の後ろずさりでドミノを置きながら、Uターンしてきた。思わず岩手めんこいカメラがその姿をとらえる。
「君、すごいね! 農家の子!?」
「え、私!?」
 それから、二人は揃ってカメラに向かってインタビューを受けた。早川さんはいきなり恋をしていることを打ち明け、私を中心に追いかけなさいと四十代のテレビ局員に目で語った。
 ところが、突然、体育館の入口の方から狂ったようなブタの鳴き声が聞こえた。都会の子供たちなら、このブタ死ぬんじゃないの、と不安になるような切羽詰まったブタのあの声だ。
 佐野さんは、インタビューをほっぽりだして、というかそのことを忘れて、走り出していた。何があったのだろう。ドミノを倒さないよう壁際を通って、ブタが泣き叫ぶ入口に向かう。早川さんとスタッフも続いた。
「だからダメだって言ってるだろ!」
 そこでは、生徒会メンバーが勢ぞろいして、入口をふさいでいた。その斜め後ろから、岩手めんこいテレビのプロデューサー自ら、舌なめずりして撮影している。
 背伸びをしてのぞくと、中心で喋っている生徒会長の頭の横に、ブタの色が見えた。さらにのぞくと、一年生とおぼしき男子が、彼の背丈ほどのブタを抱えて立っているのだとわかった。ブタは大暴れしていて、少年はなんとかブタを押さえ込んでいた。
「いいじゃん。入れておくれよ」
「ダメだ。だいたいお前、何する気だよ。そんなブタ持ってきて何する気だよ。言えよ!」
「会長、俺わかりました。こいつ、ドミノをめちゃくちゃにする気ですよ」
 副会長がつぶやいた。
「なんだと! そんなことさせてたまるか! さっさとブタ持って帰れ!」
「そんなことしないよ。こいつ、凄くおとなしいんだよ」
 少年が言った時、少し休んでいたブタが、もうひとがんばりだとばかりに、足をかきまわして激しくわめいた。そのわめき方たるや、ブーブー要素ゼロの食肉5秒前だ。
「ほら、ほらほらほらほら! ピギー、ギーッて言った。怖っ。絶対ダメだよ。ダメに決まってるよ。こんなのが入ってきたらドミノがめちゃくちゃだ。本番は明後日なんだぞ!」
「会長、俺わかりました。こいつきっと、豚ロデオをする気ですよ」
 副会長が、肩を怒らせて再びつぶやいた。
「なんだと! ドミノ会場で豚ロデオなんかしたら……やめろ!」
「ちょっと待とうか」
 突然、それまで黙っていた岩手めんこいプロデューサーの視聴率ほし夫さんが声をあげた。大人が発言したので、みんなブタ以外は黙った。
「ていうか君さ、みんなが一生懸命頑張ってるのに、そんなことしちゃダメだろ」
 ほし夫さんは険しい顔つきで外に向かって歩き出し、少年の横で「ついてきなさい」と言った。少年は神妙な顔でブタを持ってついて行った。
「さあみんな。大人が解決してくれた! ドミノの続きをやろう!」
 ワー! という感じで、作業が再開された。


 3、2、1、スタート!
 の合図で、最初のドミノを生徒会長が倒した。
 心地よい音をたてながら鮮やかに進むドミノに、ステージ上で見ている生徒会を中心にしたメンバーも、入りきらずに別室で映像を見ている全校生徒も、驚きと賞賛の入り混じった声を上げる。
 教室で見ている佐野さんも、わぁーと小さな声を漏らして、胸の前で小さく拍手した。あれをみんなで作り上げて、そのうちの何個かは自分が並べたのだから、感慨もひとしおだ。
「オッケオッケオッケオッケ」「きてるきてるきてる」「これはいったか? いったか?」
 などの声を受けてドミノは順調に走る。
 最初の難関、倒れると「岩手県立」という文字が現れる一面ドミノは、ゆっくりとしたグラデーションで文字がはっきりと描き出され、「うおおおおお!」という大歓声とともに、みんな飛び上がってガッツポーズをして喜びを表現した。校長先生がうなずく様子もばっちりカメラに映った。
 その時だった。
 体育館入口に、ピンク色の影。ブタに乗った少年が現れた。
「あ、あの野郎は!」「ブタの!」
 生徒会が興奮し、悪い予感にいきり立つ中、岩手めんこいプロデューサーは真剣な表情で全体の動きをチェックし、局員にしかわからない合図を指で出した。それを見てとった岩手めんこいディレクターが涼しい顔で送る迅速な指示によって、はかったように岩手めんこいカメラの一つが、ブタにズームアップしていく。
 ブタの鼻は震え、よだれが滴り、毛がうす汚く、泥が付いている。他にも、悪いとこを言えばまだいっぱいある。
 続いて、ブタから徐々にせりあがっていって大きく映し出された少年は、ヘルメットをかぶり、自分の顔に向けたCCDカメラをつけていた。そのカメラには小さく、岩手めんこいテレビと書かれたシールが貼ってあった。
「なんだと!」「岩手めんこいテレビめ、裏切りやがったな!」
 生徒たちのどよめきをよそに、少年は、足元に置いてあったかけうどんを手に取った。うまそうな湯気がたっている。
「あれは、岩丸うどんのうつわだ!」「この番組の、スポンサーだ!」
「冬は、当社のおうどんであったまってください。みなさんも、お近くの岩丸うどんに、ぜひ家族の方といらしてくださいね」
 と、ブタの後ろから岩丸うどんの社長が出てきてカメラ目線で言った。さらに、
「こんなふうに、サービスしますよ」
 とちくわ天をうどんに乗せた。
「いただきます」
 少年はそう言って、ブタのけつにうどんをぶちまけた。
 ブタが地獄のように泣きわめいて、スタートした。学校中から、怒りと嘆きの声が上がった。
 それから画面は、駆け巡るブタでめちゃくちゃになるドミノと、緊迫した表情でブタにしがみつく少年の顔を交互にとらえ、時々、ドーハのゴン中山の動きをする生徒会長や、口を押さえて茫然と涙を流す佐野さんも映し出した。
 視聴率はそれほどでもなかった。早川さんはエンディングに、スタッフ紹介の後ろでフラれた。