瀬戸内海からきたウソつき

 ここは、首相官邸で一番暖房の空気が集まってくる首相の部屋。「ゆ」と「き」と「お」の文字プレートを全部違う色で買ってきて、ドアにアーチ状に貼り付けている。
 アポなしでやってきた天才・学歴詐称・世直しストの瀬戸内海大説教丸(せとないかいだいせっきょうまる)は中に入ると、後ろ手でカギを閉めて、鳩山さんと一対一になった。
「誰ですかあなたは。どうやってここまで入ってきたのですか」
 驚いた鳩山首相は、指をさしながら一息に喋り、指をさしっぱなしにしながら、どこかの山のふもとでペットボトル詰めされた、あんまり有名じゃないミネラルウォーターを一口飲んだ。
 瀬戸内海は咳払いを一つしてから説明を始める。すごく落ち着いている。
「ナイストゥミーチャ、ミスター鳩山。俺は、会う人会う人『毛虫がついてるよ』と言ったら、みんな逃げてった。だから、あんたに会いに来ることができた」
「あなたは誰ですと、申し上げておるのです」
ハーバード大学を出た男、とだけ言っておきましょう」
「ちゃんとアポをとらなくてはいけません」
「アポ…わけのわからないことを言うな。俺の目的を発表するが、話はけっこう前にさかのぼる。俺は、ずっと我慢してきたんだ」
 そう言って瀬戸内海はゆっくり鳩山さんに近づいていく。
「日本のエグいところやシブいところを見かけても、我慢してきた。でも、もう限界だ。だから今現在、日本のヘソのゴマと言っても過言ではないあなたに、ダイレクトに説教しに来た。ヘソのゴマを食べると腹を壊すとおばあちゃんから言われているが、俺はあんたを今日、食っちまおうと思ってる」
「あなた、ハーバード大学を出ていませんね!」
 さらに手を前に、指をさす鳩山さん。
「出てる。もうあんたは終わりだ」
 瀬戸内海は鳩山さんを挑発するように、突きだした指の指紋のグルグルしているところに顔を近づけた。
「どうしてそのような乱暴な考えになるのですか」
「これ以上、恥を重ねてどうする。鳩山さんあんたはこれから俺に説教されてシュンとなるので、政治生命の終わりだ。次の首相は、水道橋博士にやってもらう」
「あなたは、内閣の仕組みを知らないのですか」
 鳩山さんは指をおろし、一方の手で二の腕を揉みながら尋ねる。
「百も承知よ。水道橋博士とやるせなすの色々考えてそうな方で国民投票にかけて、結果としては水道橋博士にやってもらう」
「めちゃくちゃだ。やるせなすが勝ったらどうする気ですか!」
「黙れ、ヘソのゴマ。今、この大地に二本の足でしっかり立って日本を見回してみろ。真っ黒だ。戦争に負け、ティラミスが流行。その挙句、フェンスにもたれながら疲れ目を気にする悲しい国にトーンダウンした。この国では、誰もがウソのつきすぎで、口がひょっとこみてえにねじ曲がってる。闇社会に入る時サングラスを買わされるように、この国じゃ、生まれた瞬間にウソのつき方を教わるんだ。おぎゃーおぎゃーと泣きわめいたところで、間髪いれずに『元気な男の子ですよ』ときたもんだ。そう言われた瞬間、生まれてまだ数秒なのに、若者はやる気をなくしてしまうんだ」
 鳩山さんは難しい顔で瀬戸内海を見つめる。よくわからないことを言われているのに、ちゃんと考えている様子。しかし、瀬戸内海は満足しなかった。わかれよ、という目で鳩山さんを見つめ返す。これだから政治家は、という鼻で日本を憂う。
「ええい、まどろっこしい。このあとすぐ記者会見をひらいて、水道橋博士に首相の座を譲れ。あとは博士が、たけし軍団を軸に組閣する」
 日本の政党政治の未来が愉快に光り出したその時、ドカーン! と自衛隊がドアを吹き飛ばして踏み込んできた。「自衛隊」と書かれた特大バズーカを五人がかりでかついでいる。
 それでも、瀬戸内海は少しも慌てず、振りかえり、自衛隊員に人差し指を突きつけた。
「毛虫ついてるよ!」
「う、うわー!」
 自衛隊はそろって体をくねらせて、バズーカを落っことした。隊員たちが手で首筋を払うようなしぐさを見せているうちに、バズーカは壁際まで転がって行った。
「見ていろ、総理大臣。これがこの国の現実、お前ら汚い大人が育み、利用してきた国民性だ!」
 瀬戸内海は、自衛隊に向けて、さっきとは逆の手の人差し指を前にしてウソをつく。
「チャックあいてるよ!」
「う、うわー!」
 自衛隊は赤面し、あわてて股間のジッパーを探る。
 瀬戸内海はその嘘がバレないうちに、間髪いれずにネクストうそを繰り出していく。また逆の人差し指を前にして言う。
「靴下、穴あいてるよ!」
「ええっ!?」
 それから右、左、右、左、交互に人差し指を出す動作の連続で、ウソをつきまくる。
「お前の実家、火事だよ!」
「うそっ!?」
「俺、ハーバード大、卒!」
「すげー!」
「毛虫まだついてるよ!」
「と、取ってくれー!」
「日本、いい国だよ!」
「うそつけ!」
 最後のうそと同時に、今まで数々のうそを真に受けて身もだえしていた自衛隊員のみなさんから、素晴らしい早さそして正確さで、トラをも二秒で眠らせる麻酔銃が二十本同時に飛んできたので、瀬戸内海大説教丸はトラの時より早く気を失った。