ミダラモン

 未来の宇宙からきたミダラモンは、ちっぽけな子供部屋で一人床に座り、真剣な表情でモニターを見つめ、薄暗い光を金属的なボディーで照り返していた。
「アキラくん、アキラくん、どんな調子だい?」
『大丈夫だよ、ミダラモン』
「その調子で頼むよ」
『順調に、机に近づいているよ』
 ミダラモンとアキラくんは今、二人協力して、お兄さんが所有しているであろうエッチな本を盗もうとしていた。何の計画もなく、勝算もなく、ミダラモンの性欲の高ぶり一発で、こんな木曜深夜にいきなり動き出したのだった。
 その時アキラくんは眠りについていたが、誰かに見られているような気がして目が覚めた。すると、ミダラモンが枕元に立っていた。ミダラモンは「起きるんだ、アキラくん」と呟き、濁った目で「夜の魔物がきたぞ」と深刻そうに言った。性欲のことだ。
「ところで、映像が暗くてよく見えないんだが」
『でも、ちゃんとそういうモードになってるよ』
「仕方ないか」
 ミダラモンは未来のくさい粘土のような物質に問いかけている。その音が直接、アキラくんの耳に詰められている同じくさい粘土みたいな物質の欠片に届く方式だ。映像は、PANASONICのデジカメから色々あって直接モニターに飛ばしている。
「お兄さんはよく寝てるかい?」
『うん、バッチリさ』
 ミダラモンは、一つ屋根の下で暮らしているとはいえ、お兄さんとろくに喋ったことがなかった。アキラくんと年が離れた19歳ということもあったが、お互い普通にしているのに、顔もあまり合わせたことがない。ご飯の時間も、互いに何を言うでもなく慎重にずらし、家族旅行は交互に参加する。そんな微妙なバランス関係で居候していた。
 エッチな本が、お兄さんの机の引き出しに入っているであろうことは当たりが付いていた。
『ミダラモン、机に着いたよ。目も慣れてきたからよく見える』
「アキラくん、引き出しを一つずつ調べるんだ。くれぐれも慎重にね」
『OK』
「英語を使うな。腹が立つから」
 デジカメが置かれたのだろう、何も判別できない暗い映像が安定した。ミダラモンは大きく息を吐き、時計を仰ぎ見た。午前二時、ずいぶん遅くなってしまったが、別に明日することもないし、昼起きればいい。
「もう、今日しかチャンスはないんだ」
 ミダラモンは一時的に意思を切って呟いた。アキラくんに話しかけなければ、声は届かない。
 お兄さんの部屋は、昼間、お兄さんが留守の時にはカギがかかっている。これは、明らかにミダラモンを警戒してのことだった。なぜなら、お兄さんが部屋にカギをつけたのは、ミダラモンがここに住むようになってからのことだ。まだカギをつける前、「部屋に置いといたホールズが一粒二粒、あきらかに減ってんだよ」とお兄さんがアキラくんに詰め寄ったことがあった。ミダラモンには、お兄さんがアキラくんではなくテレビを見ている自分に向かって言っているということがはっきりとわかった。そのお兄さんが、来週、家を出て行くのだ。ミダラモンは責任を感じると同時に、必ずあるに違いないエッチな本も一緒にいなくなってしまうという事実に、好きな子が転校するような悲しさむなしさを感じていた。
『……あっ』
「どうしたんだい?」
『あったよ、ミダラモン。あっ、うん、たぶんこれだよ』
 声が弾んでいる。こんなに嬉しそうなアキラくんは初めてだ。いつも、マジないじめられ方をしているなら尚更だ。
「でかしたぞ、アキ――」
『うっ、う、うあ……う……!』
 急にアキラくんは今にも叫びだしそうなのを無理やり押さえつけるような、怯えて震えた声を出し始めた。
「ア、アキラくん、どうした?」
『ミ、ミ、ミミミ、ミ、ダラモン』
「アキラくん!」
 ガチガチガチガチと、歯を打つ音が聞こえる。
「気を確かに。アキラくん、落ち着くんだ。何を動揺している」
 ミダラモンは、アキラくんがエロ本を初めて見て過剰に興奮していると合点していた。だから落ち着いて声をかけた。
 しかしアキラくんの動揺は止まらない。歯の打つ音もこれだけ続くと不安になってくる。
「おい、アキラくん。おい、エロ本ぐらいでなんだよ、アキラくん。おいおいw」
 ミダラモンは落ち着きを促すためにあえて力のない笑いをひり出した。しかしその嘲笑の奥には、ほの暗い恐怖の影が広がり始めていた。
『ウ、ウン、ウン』
「ウン……アキラくん?」
『ウン、ウン、ウン』
 やはり、何かがおかしい。ミダラモンのボディーを、一筋のねばっこい汗が滑り落ちた。
『ウンコを食ってる』
「………ん? ウンコを食ってると聞こえたが? 故障か? アキラくん!?」
『食ってる』
「食ってるって、アキラくん。エロ本なんだろ?」
『エロ本だよ、そ、そうだよ。き、きっと、そそ、そうに違いないよ。でも、ウ、ウン、ウン』
「ウンコを食ってるって言うのか?」
「そ、そそそそ、そうだよ。う…うう……」
「いいから落ち着くんだアキラくん。ウンコを食うなんてそんなバカな話があるはずないだろう。何かの見間違いだ。良くてチョコ、悪くて味噌という可能性は?」
『そんなこと、う、う……あっ、ああっ、ぬっ』
「アキラくん。もう一度聞くぞ。本当の本当にウンコを食っているのか?」
『ぬ、ぬ、ぬ』
「アキラくん、聞いているんだ。ウンコを」
『塗ってる』
「いい加減にしろよアキラくん! ウンコを食ったり塗ったり、そんな本がこの世に存在するはずがないだろう。さっさといやらしい女の裸が出てる本を持ってこい!」
 その時、モニターの映像が線を成して動いた。そして止まった。
 そこで、影に沈んだように暗く映し出された、顔中まっ茶色で、口に何か突っ込んでいる女を見たミダラモンの顔は、これが、これがと思い思って三秒後、おばあちゃんの入れ歯が飛んできた瞬間みたいな顔を浮かべて、満月の夜に雄たけびを響かせた。
「ドラえも〜〜〜〜ん!!」