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ヒロキ「いいこと思いついた」

 深夜2時をまわり、群馬の小五ヒロキは一階に降りてきた。牛乳でも飲みに来たのだろうか。どうも違うようだ。ヒロキの目は好奇心モードに赤く光り、なにかよからぬことを考えているのが丸わかりだ。
 抜き足差し足の忍者フットで両親の寝室の前を通る。自分では足音に気をつけ、呼吸も抑えつけているつもりかもしれないが、自然と、
「いいこと思いついた。いいこと思いついた」
 という言葉が口をついている。そしてそれに自分で気付かない。どうやらかしこではないようだ。図工が得意とかいって5段階評価の3である。
 それでも両親は起きることなく、どうにか問題なくキッチンまでやってきた。牛乳でも飲みに来たのだろうか。やっぱり違うようだ。ヒロキは冷蔵庫には目もくれず、ガスレンジの前に立った。
「いいこと思いついた。ノーベル賞だ。これでノーベル賞は僕のもんだ」


 翌朝、ヒロキは7時に起きて、リビングへ降りた。
 あわてた様子のお母さんがキッチンで右往左往しているのを見て、ヒロキは近づいていった。いつもより早く起きてきたヒロキのことを疑問に思う様子もなく、お母さんは声をかけてきた。
「ヒロキ、どうしよう。ご飯の予約を間違えたらしいのよ。あなた朝ごはんないわよ」
 その声を聞きながら、ヒロキは驚きもせずに踵を返し、ソファーに寝ころび、横に置いてある加湿器を強にする。
「お父さんもご飯がなくてどうしようかしら。お味噌汁も残ってると思ったらないし、困ったわ」
 なおも頭を抱えるお母さんに、ヒロキはかっこつけて天井を見つめながら言った。
「お母さん、大丈夫だよ。ご飯なんかいらないよ」
「どうしてよ」
「うちの家族はもうご飯がいらないんだよ。一生。ここにいる限り」
「何を言ってるの」
「これはね、ノーベル化学賞をとる技術なんだよ。特許もとるよ」
「あなた、何かしたの」
「僕たちは、杉浦家は、憧れの未来人間第一号となるんだよ。未来になったら、時間をかけてモリモリ固形物を食べる必要なんて、どんどんなくなっていくんだ。生きて呼吸をしているだけで、お腹いっぱいになる近未来生活がくるんだよ。僕たちはその先駆者さ。それで、この技術でノーベル賞と特許を取って、お金をもうけるんだよ。そうすれば、このヒロキが考えたテクノロジーはどんどん進化させれるよ。そしたらお父さんも働く必要ないし」
「あんた何を言ってるの。どうしたの。わかったわ。あなたがご飯の電源を切ったのね。わけのわからないこと言って、何をしたの。言いなさい。いったい何を、ギャ、ギャーーーーーー!」
 お母さんはけたたましい叫び声をあげ、ヒロキの枕もとにある加湿器の吹き出し口を指差した。
 全く動じないヒロキは、やっと気づいたかいの自信満々な顔でソファーの上に起き上がり、自ら「加湿式自動食事システム」と名付けた加湿器を見つめた。
 モクモク上がる味噌臭い茶色い蒸気。時々ベロベロと音をたてて小さく噴き上がっては床に落ちるワカメ。ヒロキの顔は、どんどん厳しい研究者のものになってきた。改良の余地ありと自分の世界で眉を寄せながら、口ではお母さんと会話する。
「もはや、空中から味噌汁を摂取する時代なんだよ」
 その日、小さな科学者がもらったのは、ノーベル賞ではなく、大きさの違う二つのゲンコツだった。


 っていう、終わり方。