ウンコにつられて、来たよ

 放課後、三バカトリオは花壇の前に立ち尽くした。昨日は、あんなにいっぱい綺麗に並んでいたはずなのに、今日はどうしてしまったというのだろうか。
「ウンコが……踏み荒らされてる……!」
 保(たもつ)がようやく、まるで状況を確かめようとするようにゆっくりつぶやいた。
 昨日ステキに配置したウンコはぐちゃぐちゃに踏み荒らされ、土と一体化し、半端なく臭っていた。ハエが飛び交い、夢はなく、期待していた隠れ家的要素もまったく醸し出せていない。歴史的観点から言えば、帰ったら村が山賊に襲われ終わっていた時の気分に近い。
「いったい誰がこんな……俺たち、あんなにいっぱい町中から集めたって言うのに!」
 茂男は事態が飲み込めると、力なくしゃがみこみ、重たいジョウロを倒した。水がむなしくだらしなく一面に広がる。今日は水をあげようと思っていたのだ。
 三人の中で一番気弱な正彦は臭いに鼻と口を押さえてえずきながら、そのせいなのかなんなのか辛そうに涙を流した。
「君たち、何してるの?」
 声に気付いて三人は顔を上げた。いつの間にか、花壇の向こう側にブンチンさんが立っていた。学校の用務員さんだ。44歳で、ニコニコいつもの親しげさを見せているようだが、メガネの奥の目には、4時間ゲームをやったあとのような静かな迫力というものがあった。
「ブンチンさん……」
 子供たちはそれがわかり、悪魔の啓示のようなものを感じて自然とブンチンさんの足元を見た。ド派手な赤いプーマのスニーカーが、ウンコまみれになっていた。無理を承知でギョウザに喩えるとするならば、羽がついていたのだ。
 子供たちの表情が変わったのを、ブンチンさんは見逃さなかった。
「やっぱりお前らだな、俺の花壇にクソを置いたのは。クソを置いたのはそうなんだな」
 急に厳しく低い声になったブンチンさんは花壇に入り、ウンコを踏み踏み、こっちに渡ってきた。
「どうして花壇にクソを置いたんだ!!」
 子供たちは後ずさりしていき、ブンチンさんが花壇から一歩でて立ち止まったところで、自分たちも止まった。
「言え! どうして花壇にクソを置いた!!」
「ひ、肥料……」
 怯えながらも、精一杯の勇気を振り絞って保は言った。担任の先生に言う余裕を持った減らず口とは違う、すがるような心の声だった。でも減らず口だった。
「嘘をつけ!」
 ブンチンさんは転がっていたジョウロを拾って保に投げつけた。ジョウロは縮こまって片足立ちになった保の足に当たった。軽いプラスチックの音が響き、残っていた水が飛び散って足を濡らした。
「お前らがそんなことを考えるはずないし、第一そうだとしてもこんなにウンコまみれでどうすればいい。バカヤロウどもが! 片付けろ! 今すぐ片付けるんだ!」
 しかし、子供たちにとって、ウンコはもう何の価値も無いどころか、触りたくも無かった。踏み荒らされ、土と一緒にドロクソになった犬の糞猫の糞人の糞。昨日の放課後全部使って集めた宝物は今、単なる汚物となって三人の目を汚し、誇りを傷つけた。そもそも、片付けると言ったって、どうすればいいというのだろう。コーヒーからミルクを取り出すことは出来ない。リバーシブルの服ばかり買うわけにはいかない。
「どうした、やらないのか。やらないなら、お仕置きだ」
 子供たちは答えかねて、なお黙っていた。
「今からお前らをドロップキックだ」
 その言葉にびびりながらも、しかし三人はほぼ同時に気付いた。
「このクソがついた靴で、今からドロップキックをする。お前らのクソなんだから、しょうがないよな。さあ、横に並ぶんだ」
 三人は気付いたのだ。ブンチンさんの後ろ、木陰から、変態のスカトロのおじさんが顔を覗かせているのを。帽子のつばをクイッとあげて「来たよ」とウインク。三人の顔が輝きかけるのを、変態のスカトロのおじさんは人差し指一本、口の前に立てた。おっとっと、俺にまかせな。そう言っているように見えた。
「聞いてるのか。なんだその態度は。立て!」
 子供たちはばれないように下を向いたが、それでもチラチラとスカトロの変態のおじさんを見た。
 変態のスカトロのおじさんは、抜き足差し足忍び足で近づいてきた。タカトシのタカが着てたライオンTシャツを着て、腿まで深く自分で切ったジーパンをはいて、大股でこっそり歩いてくる。股のギリギリのところまで足の毛がつながり生えているのがくっきりわかる。今日のスカトロの変態のおじさんは、ウエストポーチを後ろに回しているから、本気だ。いつもは前にしていて、すぐふざけるのだ。何度注意してもコミカルな動きでふざけるのだ。でも今は本気だ。
「ん?」
 子供たちの視線に気付き、ブンチンさんが振り返った。子供たちの胸はドキッと突き上げられた。スカトロの変態のおじさんは無策で、立ち止まった。
 しかし、ブンチンさんは確かに真っ直ぐ、伸ばした肘のあたりを一方の手でつかむような格好ですかした顔して立っているスカトロの変態のおじさんの方を見たというのに、何もいないじゃないかという様子で、舌打ちするように口を鳴らし、すぐに向き直った。子供たちは狐につままれたように顔を見合わせた。
「立てと言ってるんだ! 貴様ら、反抗するのか!」
 俯く素振りをしながら、子供たちはもういくらか安心していた。スカトロの変態のおじさんは普通の大人にはない、不思議な力がある。遊んじゃいけないと言う大人の何倍も説得力があって、友達に思える。
 変態のスカトロのおじさんはよいよい花壇までやってきた。鼻をつまんで喩えるならばチョコレートケーキ、そんな一面のウンコに揉み手して、まず横にしたウェストポーチからのどぬ〜るスプレーを取り出した。喉がね、荒れるのだよ。それが変態のスカトロのおじさんの、子供たちにはわからない、わからないからこそ魅惑的な口癖だった。スカトロの変態おじさんはかつてない勢いで子供たちのためにそれを食べようと誓う。ウンコンセントレーションを高めろと、スプレーのワンプッシュごとに言い聞かせていく。口に残った薬剤をいきわたらせ、静かに飲み込むと、唇を濡らしなめた。
 でも、のどぬ〜るスプレーをしまうその時、ウェストポーチがうっかり前になったのだ。スカトロの変態のおじさんは、いよっ、いよっ、よいしょっ、という動きでふざけ始めた。