読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

世界中のスケベちゃん集まれ!

 クルーザーが海を道なりに走る。ロマンチックから遠く離れたすごい風を浴びてオールバックになりながら、船縁に頬杖をつき、物憂そうに地平線を見つめる子供たちが5人。あとで聞いたら、全員、スケベなことを考えていた。
 彼らは輝けスケベ小僧日本代表に選ばれた面々であった。一年前、マセガキ選手権を戦い抜いた5人の少年たちである。覚えているでしょうか。一年後、考えてみたらマセているっていうかスケベだったということで、急遽、「世界Uー12男の子スケベ選手権大会」に派遣されることになった。
 場所は太平洋に浮かぶ無人島。事前の説明は一切なし。事前の説明は一切なしだよ。そう聞かされたとき、メンバーの小学生たちは全員、うるせーよ、知らねーよ、もう何も信じられねーよと反抗的な態度を示した。ちょうどその頃、『ToLOVEる』の連載が終了していた。
 会場入りすると、炎天下の下、開けた地べたにすでに集まっていた世界各国の実力未知数のスケベたちが一斉にJAPANメンバーを睨みつけた。その前には、スケベイスに両足立ちして床置きマイクを前にした白ヒゲの紳士のおじさんがいた。安定感なくグラグラしながら、こっちを見て話しかけてきた。
「もう始まってるよ」
 スケベJAPANは大急ぎでスケーベCANADAの横に並んだ。
「さて、君たちに無人島に集まってもらったのはほかでもない」
 話が再開すると、カナダチームだけでなく、世界各国の子供たちがみんな下を向いて目を点にし、上の空になった。日本代表のパンチラ大好きヒロキは、隣のカナダっ子が一点見つめで口をモゴモゴさせるのを見て、スケベなことを考えているんだ、と確信した。そして慌てて自分も視界をぼんやりさせて、女の人のスカートを想像した。次に、風よ吹けと願った。そしたら、風が吹いた。
 一つ前に並んでいるボインマスターケンタロウは、すでに頭の中で、ダンスホールで盛り上がっているボインを30分にわたって想像していた。つまり、クルーザーからボインも一緒に下船したのである。
 そのボインマスターケンタロウが時々つぶやく「ゆさゆさ」と言う声を聞いて、一つ前のブラジャーに思いを馳せるコウイチは目を閉じた。「ブラジャー様、どうかおっぱいのゆさゆさを止めてください……!」と願い、さらに手を合わせた。
「ブラジャー斎さま……!」
「ブラジャー斎さま?」むっつりオールラウンドシンジは背後から聞こえてきた声に邪魔され、何を考えていたのか忘れてしまった。スケベなことを考えていたはずだが、近頃は四六時中、息を吸うようにスケベなことばかり考えているので、最近では自分がシンク・オブ・スケベしているのかいないのか、確信が持てなくなっていた。しかし胸の奥の心模様だけは確かに、来る日も来る日もただスケベにうつろいすぎていくのだった。
「以上でルール説明を終わる!」
 突然聞こえたその声で、子供たちは我に返った。どうやらその言葉は先ほどから何度も繰り返されていたらしく、そのために怒気を含んでいたのだ。
 スケベイスの紳士がいつの間にか広げていた紙をたたんでいるのを見て、しまったと思った。全員が引率者の方を心配そうに振り向いた。しかし、各国の引率者たちはヨダレ玉を口にはめて、ダラダラ土を湿らせていた。
「ウー! ウー!」
 大人たちは何か伝えようと腕を振り上げたりしているが、声にならない。子供たちはそんな怪しい道具を知らなかったので、怖くてまた前を向いた。ペルー代表の子が一人、気分が悪くなってしゃがみこんでしまった。
 むっつりオールラウンドシンジが落ち着け落ち着くんだと自分を励まし、大きく息をつきながら向き直ると、前のエッチ本欲しすぎ王者トシユキと目があった。その顔は不思議な自信に満ちていた。その顔はまるで、日曜洋画劇場でエロいシーンがいつ飛び出してくるのか事前に知っているため、落ち着き払ってひとまずストーリーを楽しんでいるかのようであった。
「トシユキ、まさかお前、話を聞いていたっていうのか」
 エッチ本欲しすぎ王者トシユキはゆっくり語り始めた。
「俺も、はじめはぜんぜん聞いてなかったよ。頭の中で、河川敷の堤防の上に立ち、双眼鏡で草むらを見ているところから想像を始めていた。でも、役に入り込むギリギリで聞こえたんだ。エッチ本って言葉が。神の啓示かと思った。けど違ったんだ。実際に、エッチ本、って言葉がこの耳をふるわせているんだ。その言葉を喋っている奴がいる。俺が、「誰だ!」と言いながら顔を上げると、紳士のおじさんがエッチ本という下半期最重要キーワードを連発していた。夢を見ているみたいだった。そしてそれからずっと話を聞いていたよ」
 いつの間にか他のメンバーも周りを取り囲んで話を聞いていた。
「エッチ本欲しすぎ王者……」「トシユキ!」
「とにかくルールは把握した」
 日本チームは跳び上がって喜び、トシユキをたたえた。
「喜んでばかりもいられないぜ。今から始まるのは、とんでもねえ恐ろしいゲームなんだ」
 エッチ本欲しすぎ王者トシユキの説明によると、このゲームは一言で言えば、
「エッチ本さがし」
 である。今、現時点で、この広大な無人島の敷地のどこかに
「一冊のエッチ本がある」
 という。島は海に囲まれ、中央部は熱帯雨林が生い茂り、西に小高い山がある。危険な動物や昆虫も少なからずいる。知力・体力・
「スケベ心」
 三拍子そろった男の子五人組だけが
「相当いい伝説のエッチ本」
 を手にするだろう。
 なお、各チーム一つだけ、指定されたものの中から道具を選ぶことが出来る。サバイバルに必要と思われるものを選択するのだ。
「こんなところだ。わかったな」
「お前がいてくれて、助かったぜ」
「本当だよな。…ん? おい聞いてんのか、ボインマスターケンタロウ。 …ボインマスターケンタロウ!」
 うつろな目をしていたボインマスターケンタロウはそこで我に返った。
「えっ、ごめん何?」
「何じゃないよ。伝説のエッチ本だぜ!」
「ごめん、考え事をしていて」
「こんな時に、何の考え事をしていたんだよ」
「いや、大したことじゃないよ。疲れ果てたボインが……」
「疲れ果て……もっといいボインのこと考えろよ どうせなら!」
「こんなにいい天気なんだし、元気なボインのことを考えていこうぜ!」
「でも最初は…」
 ボインマスターケンタロウが何か言い訳しようとした時、
「ヘイ、スケーベJAPAN。オ前ラノ番デース」
 と呼ぶ声が聞こえた。カナダチームのリーダーと思われる少年が束にしたロープを肩にかけて立っている。ポケットに片方つっこんだ手は、半ズボンを裏生地のほうから生き物のように蠢かせていた。な、なんてスケベなヤツだ!
「お前らカナダチームは、ロープを選択したのか!」
「ソウデース。無人島ノドコニエロ本ガ落チテイルカ、コレ、全然ワカラナーイ。行動範囲ヲ広ゲルタメニ、ロープヲ選ブ、当然デースヨ。コレデモシ、木ノ上ニエロ本ガオッピロゲサレテテモ、安心ヨ。苦労ハ買ッテデモシロ、エロ本ハ登ッテデモ取レ。アディオス!」
「俺たちも大急ぎで選ぼう!」
「ああ!」
 用意されたテーブルの上には、ビニールシートや網、ナイフ、ヤカン、4連箱ティッシュ、文房具セット、菜箸、折り紙セット、クッションのほか、役に立つやら立たないやら様々なものがあった。
「いっぱいあるぜ。この中からいったい何を選べばいいんだ」
「ナイフとか、いかにも無人島っぽいよ。かっこいい」
「でも、エッチ本を探すのに、ナイフが必要かな。果たして」
「果たして、っていう問題はあるよな」
「袋とじだよ。袋とじを開けるんじゃないかな」
「ところでエッチ本に袋とじなんてあるの」
「そうか。ないのかな。どうだろう」
「ダメだよ。わからないよ。何もわからないよ!」
「待て!」
 大声をあげたエッチ本欲しすぎ王者トシユキ。彼の指さす、物が積まれた隅っこウェットティッシュの前には、肌色の人間の表紙が一冊横たわっていた。そんな低い物陰の位置から期待感を高めてくれる本といえば、あのエッチな憎いやつ以外に思いつかない。買うといくらするのか想像もつかない。小学館が出しているとは思えない。ああ、目の前に掲げた少年ジャンプの80センチ先で視点をあわせた記憶がよみがえり気が散る!
 5人は顔を見合わせた。そしてまたそのエロい本を見た。
「よし、俺がいく」
 エッチ本欲しすぎ王者トシユキがエッチ本見たすぎ王者トシユキになり、ドキドキしながら端の方を持って引き寄せたとき、大人の声が背後から降ってきた。
「君たち、エロ本でいいのね!? もう時間ないよ! きっかり10時スタートだから!」
 その声にびっくりしたパンチラ大好きヒロキは慌てふためいて、どうするどうすると繰り返し、超然と落ち着いた腕組みでエロ本を見つめるむっつりオールラウンドシンジの肩を引っ張った。
「これにする」
 むっつりオールラウンドシンジは下を向いたままつぶやいた。大人に対してなので、僕といってつぶやいた。
「僕たちは、エロ本にする」
「優勝だ!」
 マイク越しの声がどこからか響き渡るとともに、ドンドンと何発か花火があがった。全ての子供たちが、ポカンと口を開けて花火を見上げた。
 タイミングを少し待って、さっきの紳士のおじさんが、今度は自分の手でマイクを持ち、そしてもう片方の手でスケベイスを持ってまた出てきた。
「言ったはずだ。エロ本は今、現時点でこの無人島に一冊あると。念を押したはずだ。君たちはスケベなことを考えていてほとんど誰も聞いていなかったみたいだが、おじさんはちゃんと言った。目の前の小さなスケベにとらわれては、明日の大きなスケベの果実を取り逃がすことになる。その逃がした果実は大きく、甘く、いやらしい。君たちは聞き逃したばかりか、今度、アイテム選びとなった時は、明日の大きなスケベの夢をみた。違う。目の前にあるものが、大きなスケベのドリームジャンボなのだ。それを決定付けるのは、情報だ。全ての情報を得て、吟味し、よりスケベチックな選択肢へ突き進む。それが本当のスケベのある姿だ。だから、スケベはクールな見た目をしているはず。それは、沢村一樹よりもっともっと、も〜〜っとだ! これからも精進するように! 日本人、おめでとう!」
 こうして「世界Uー12男の子スケベ選手権大会」は日本チームの優勝で終わりを告げた。
 クルーザーが夕暮れの凪の海を故郷へ向け走る。甲板に膝を突いた5人は手に入れたエッチ本を取り囲み、とんでもなくいやらしい気持ちになりながら、かつてないエロ本すぐそこ、今ここ状態に武者震いしていた。
 これが。これが。ブラジャーに思いを馳せるコウイチはその瞬間、得体の知れない罪深さを感じて振り返った。色とりどりの目が、クルーザーの揺れにも負けず伏目がちにこちらを見返した。それは敗者の子供たちの姿であった。ゆっくり見回していくと、夕日が逆光となり、小さな頭と上半身の影が作り出す黒々した連なりが、濃い赤に縁取られた。その視線の行く先は他の4人にも伝播し、次々と幸不幸の境界を振り返った。自分の背後にも体をひねり、羨みの視線と向き合った。また、さらに顔を上げると、船の上の部屋みたいになったところの上に、行くなと言われているはずなのに、黒人の少年たちがかたまって細い体を手すりに乗り出し、なんとかエロ本を覗き込もうと頑張っており、見られているのがわかるとゆっくり手すりにあごを乗せ、渋い顔で地平線に目をやった。
 5人は、お互い顔を見合わせることもせずに向き直ると、もう一度エロ本に、じっと視線を落とした。知らない女の人の名前が書いてあるが、きっとエッチな人なのだろう。
 しかしこの時、日本の少年たちは、我々が不安に思ったような想像をまったくしていなかった。彼らはピュアで、そして人のスケベがわかる人間だった。エッチ本欲しすぎ王者トシユキが意を決したように振り向いた。そして叫んだ。
「みんなで、見よう!」
 4人も続いて振り向き、笑顔を見せ、世界中のお友達に向かって手を挙げたとき、勝ち負けも言葉も肌の色も貧富の差もなくなっていた。みんなめっちゃ早く集まってきた。全ての矢印がスケベに向かい、世界はなめらかに動き出した。キング牧師が草葉の陰で頬をゆるませ、泣いている。彼のところから見ると、エロ本から放射状に広がった子供たちの頭と体が、夕日に照らされ、真っ赤な大輪の花が咲いているように見えた。角度がいいとエロ本がチラッと見えるので、半勃ちのまま深く深く感動していた。