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練習あるのみ

 真剣白刃取りが飛び出した瞬間について、マス大山自身がその著書『地上最強への道』の一つの章「われ凶器と戦わば」において情熱的にしたためておられる。その瞬間、白刃取りをした大山もされた南田もちっちゃい声で「あっ」と言ったという嘘みたいなほんとの伝説が残っている。
 かようなほどに、男のロマンベスト3と言えば、「ノーベル賞」「年収一千万」、そして「真剣白刃取り」なのである。今回はお待ちかね、まさにその真剣白刃取りにスポットライトをあててみたい。
 埼玉の中学生、新村投光(なげみつ)は、自宅で一人、学校にも行かずに真剣白刃取りの練習をしている。日本刀の鞘に結びつけたタコ糸の先に吸盤を取り付けたオリジナル器具で日夜、特訓中だ。
 まず吸盤をほどよくベロベロ濡らし、冷蔵庫に張り付け、刃を下にしてまっすぐ固定する。あとはその前に腰を下ろし、数十秒ドキドキしながら待てば、日本刀が落下してくる。そこを真剣白刃取るのだ。うまくいかなければ床に並べたプロ野球カード(宝物)が切断されるので力が入る。
 これまで、二千回ちかく行ったが、ようやく納得のいく真剣白刃取りができるようになった。しかし、マジ喧嘩において、9.8m/sの自然落下で日本刀が近づいてくることなど皆無。とんとん拍子にスピードをあげていかなければ、とても特訓にはならない。
 そこで投光は、日本刀を冷やした。冷たさを二倍にすれば、スピード感も二倍になるに違いない。達人の剣はクーリッシュなイメージがあるからだ。そういえばこの間、岸谷五朗がキンキンに冷えたビールや果物じゃないとダメだと言っていて、俺も同じ意見なのにむかついた。どうしてかな。
 無印良品のゴミ箱にしこたま氷をぶちこみ、日本刀をぶっ刺して冷やす。投光はビジュアルがかなり気に入って凄くやる気が出た。やってみるとスピードはさほど変わらなかったが、何より刃の本気度が倍増した。冷やしていない時と比べて、ケガする感がドンと跳ね上がり、プロ野球カードが切れるばかりか水滴がついている。投光の顔に浮かんだのは、むしろ笑みであった。
 夏休みに入っても、投光はぶっ続けで訓練した。自由研究にもせず、己の鍛錬だけのためにがんばった。技術の追求は愚かさによってなされるという言葉を信じ、頬に「愚か者」と筆で、お母さんに書いてもらった。バカになった吸盤を何枚も交換し、タコ糸が真っ黒になった。プロ野球カードが底をつくと、とうとう投光は狂い咲き、現金を賭け始めた。千円札が濡れてまっぷたつになるたび、投光は、
「ううっ、辛い」
 と泣いた。しかし次の日、嘘をついていました。と反省し、半分に切られた千円札をもう一度セットし、失敗して四分の一に切断した。まっぷたつなら、銀行に持っていけば交換できることを投光は知っていた。知っていて辛いと言った。ここにおいて投光は、
「雉も鳴かずば撃たれまい」
 と気持ちよく泣くことができた。猛暑が辛い修行を後押しし、やってる感が出た。
 こまめな水分補給にも血のにじまない日はなく、夏休みが終わる頃には、投光はかなりの達人になったような気がしていた。今なら、真剣白刃取りの練習をしていただけなのに、高校生にも負け知らずできるような気がしてたまらない。
 投光は台所に立った。
「お母さん。僕の頭に日本刀を振りおろしてください」
 最終試験として、投光はお母さんに頼んだ。投光の努力を知っているお母さんですら、この要求にはうろたえた。投光はその様子を見て続けた。
「お母さんに振りおろしてほしいのです。殺す気で。かわいい子には旅をさせよと言うように、ぼくは死ぬ気で旅をしたい。あと素敵な恋がしたい」
 投光が学校も行かずに真剣白刃取りの練習をしていると学校の先生から電話で聞かされた時、お母さんは41歳だった。あの時、お母さんは投光に、自分が意義を感じるような生き方をすればいいと言ったのではなかったか。お母さんは黙ってうなずいた。
「テレビゲームだと思って、ためらわずにきてください」
 投光にうながされて、お母さんはキンキンに冷えて塩の塗られたマイナス6℃の日本刀を握った。二度、三度握りなおしているかいないかという瞬間、
「恋もしたいのかよ!」
 と叫んで不意打ちで振りおろした。
 投光はまったく反応せず、見ると、50円切手をベロベロなめていた。
「あっ!」
 親子の絆が挟まって日本刀が頭上すれすれで止まると同時に投光は回転、お母さんに裏拳を一発入れた。息子に一太刀あびせようという瞬間に刀は止まる。最初からこれを狙っていたのだ。そして外出した。手にハガキを持っていた。