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べしゃり脳味噌ブラックホール

「最近なんかおもしろいことありました?」
 成蹊大学を卒業したクソ女子アナが差し出すマイクに見つめられて、俺のちょうど反対側に座っているマックイーン小橋の瞳がにごった。
 この時点で、俺の中に二つほどの選択肢が爆発的に誕生していた。一つは「そんな無茶ぶりやめなよ」とつぶやき、同時に立ち上がり、テーブルの上のお茶を一気に飲み干すという社会派不条理ギャグ。今一方は、「聞かせてもらいまひょか」と言わんばかりで体と顔を傾け、ひとまず様子をうかがう師匠クラスの落ち着きギャグ。
「マックイーンはん、聞かせてもらいまひょか」
 無意識に、俺の口からスタジオへ、そんな快感フレーズが飛び出しきっていた。日本全国二万三千芸人、俺を笑え、そして泣け。繊細でB型ゆえに触るものみな傷つけ、いっそスベれスベっちゃえと共演者を侮辱する心、気持ち。ないと言えば嘘まみれになるあのハートブレイクショットが今、ここ日本一のテレビ局、テレビ東京の第三スタジオでも繰り返された。テレビキャメラの目の前で、毎日飯を食うのと同じに繰り返されている。
「この前あったことなんですけどね。これが驚いちゃったよ」
 マックイーン小橋はべしゃりを始めた。俺はヤツの一挙手一投足に血眼を注いだ。フリートークだぞ小橋、どうなんだ。と心で問いかけた。一挙手一投足はあまり関係がないようだ。どうも関係ない。小橋、おい小橋。俺はなおも問いかける。元気か。またマルチーズに咬まれた話をしてしまうのか。あの話をしたらおしまいだぞ。今度こそ、おしまいだ。と熱心に語りかけた。
「道を歩いていたのね。僕は道を・・・」
 べしゃり開始2秒、マックイーン小橋が言い淀んだ。マルチーズの話だ! やりやがった! チクるように見学していたプロデューサーの面を横目で確認。体育のテニスで調子の出ないテニス部の顔が一つ、そしてまた一つ。カットだ。と思いきや、俺がまた小橋を振り返った時(この間わずか3秒)もう小橋は話し終わっていた。話し終えた時の顔で、180度あたりを見回しているところだった。
「これって凄くない? マルチーズだよ」
 スタジオ中がキョトンと静まり返り、俺は「キツネがいるぞ!」と叫びだしたい衝動を必死の形相で抑えつけた。
 人間といえば何、と問われれば、聞かれたら最後までべしゃる生き物。生まれつきそうなんだと俺は考える。たまにべしゃることをよしとしないヤツもいるにはいるし、そんなヤツは何を考えているんだ。でもそれくらいで驚いていたら、尻がすりむけるばかり。それはごめんだから、めったなことでは驚かない方向へと人間は進化してきた。サルは毎日驚きまくって新鮮な気持ちでいたいね、と思ってべしゃらずにいたら尻がああなった。だから人間は聞かれたらべしゃることにしたのだ。その常識につけこんだのが、福井県出身芸人マックイーン小橋である。芸人とはまさに、様々な常識の味をパスタに練りこんで見た目OLウケを良くするイタリア名人と言えよう。神に愛された天才芸人マックイーン小橋は、話していないのに話したことになっている、話したのに話していないことになっているボケを今、テレビ東京で披露した。これをますますのご発展と言わずになんとすべきか。ごめんくさい、アメマに肩を並べる今回の伝説ボケを一言で言うなら、オレがミツオ。より詳細に言えばミツオがオレなのだ。おそらくアドリブなのに脳みその柔らかさで時空を捻じあげるSFボケとは、人間、その気になればいくらでもやりようあり、ということか。それに比べて俺といえば、お茶を飲み干さないで本当によかった。おそれいった。フリートークが苦手だからといって無理にダチョウ倶楽部を尊敬する必要なんかないよ。と俺は教えられた。笑うというよりも圧倒されていた。
「知らないマルチーズに咬まれたんだよ?」
 だからこそ、水を打ったようなスタジオが妙に明るく感じた。俺がこれからはもっとみうらじゅんとかを尊敬しようと思っていた時、ヤツの脳はすでに蝕まれていたのだ。三ヵ月後、ヤツは特集された。