読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

古墳時代の教訓話を一席

 日本人がまだ墓のでかさを偉さと考えていた頃、一回タヌキが異常発生した。
 山の神のストレスがタヌキに顕著に現れたんだ、タヌキは山のニキビだ、愉快な吹き出物だ、と考えた大王は、気晴らしに、屈強な男たちによる喧嘩の試合を見たくなり、配下の者に即時命令。各地に馬が飛んだ。
 その頃はまだ空手、柔術、喧嘩殺法などが開発されておらず、人間達はみんな闘争心と勘で目の前の相手をやっつけようとしていた。股間も蹴り放題のつかみ放題だった。
「大王からのお知らせ。強い人たちは、くれぐれもやってきて現地集合で戦うように。以上」
 と派遣された役人は馬から降りもせずに説明した。
 男たちはうなずき、どんどん近づいてきて、思い思いに馬の体をなでた。
「ちょっとやめて。触らないで。どいてどいて! ハイヤッ」
 走り去っていく馬を見ながら、老師は渋い顔をした。老師はお怒りになった。
「お前たちが前へ前へ行こうとするから、私は全然、一回も馬にさわれなかった」
 そして全員に平手打ちした。その後二日間、山にこもった老師は晴れやかな、この間はやりすぎたという顔をしていた。老師は言った。
「大王にいいところを見せたらいいことがあるかも知れない。みんなで一生懸命考えよう」
「じゃあ、誰かいいアイデアのある人はいますか」
「はい」
「ウガポン・ウガポンくん」
「俺はガチンコ勝負を提案する。なぜなら、ガチンコ勝負で一番強い者を決める、そいつが得をする。これが最もシンプルで、わかりやすいからだ。サル山のボスになれるのはたった一匹、それが自然界の摂理よ」
 まず最強と目されている男が発言したことになる。この男、ウガポン・ウガポンがどうして最強かというと、股間にホタテをあてがうファイトスタイルを確立したため、防御力が格段にアップしたからだ。向かうところ敵無し、連戦連勝である。
「それは強い人の意見だろ!」
 強い中でも弱い方の人たち、ホタテどころか下に何もはかずに戦うタイプの人たちが即座に反論した。
「そうだそうだ。お前がボスザルなら、群れ全体のことを考えて発言しろー」
「それでこそボスザルと言えるんじゃないかー」
「今の発言は、身勝手なオオカミの発言だぞー」
 反対意見に対して、ウガポン・ウガポンは大声で怒鳴った。
「ぴーちくぱーちく、サルは喩えの話だろ!」
 場がしーんとなって、次の発言にかなり勇気がいる状況となった。すると、意外や意外、いじめられっ子のスンダラ・クンダラくんが口角の荒れた口を開いた。
「僕は、恥もかきたくないし、大王に強いと思われたい」
 みんな、尻を支点に回転し、裸で体操座りをしているスンダラ・クンダラくんの方を見て、驚いたような顔をした。
「スンダラ・クンダラ、でもそれは、嘘をついて生きていくということなんだぜー」
「嘘でもいい。嘘でもいいから、熊を一発で殺したい。嘘でもいいから空を飛びたいし、モテたいし、お金持ちになっていい生活がしたい。死んだ後も、でっかい墓を建てて尊敬されたい」
 全員、スンダラ・クンダラくん、素っ裸で何を言っているんだと思い、その欲張りぶりに隠された一面を見たような気がしたが、誰しもなりたい自分になる権利があるのだということが身に染みて、そのバランスを考えなければ本当に実りある社会にはならないと思うようになっていた。
「正直に生きてきて、いいことなんて一つもなかったよ」
 弱音を吐くスンダラ・クンダラくんを、ウガポン・ウガポンが鋭いマムシ酒(40度)の眼光でにらみつけた。
「スンダラ・クンダラ。自分で選んだのなら、嘘まみれの人生を歩むのもいいだろう。だが、途中で後悔するかも知れない。その時に、はいすみませんでしたでは済まされない。俺は、お前が嘘で固めた成功者となって、そののち、はいすみませんでしたとなった時、俺は、絶対にお前を熊と対決させる」
「ウガポン・ウガポン、それはやりすぎじゃないかー」
「謝っていることだし、その時は許してあげよう」
「その時はタヌキかシカと戦わせればいいじゃない」
「俺は絶対に熊と対決させる」
「ウガポン・ウガポン、落ち着けよー」
「絶対に対決させる」
 これでは埒が明かない雰囲気が、なんか雨降りそうという不安を増幅させるので、それまで無言で様子を見ていた老師が重い口を開いた。
 老師は、穏やかな声で、全員が互角で戦えと言った。老師は話を聞いていなかったのか、嘘まみれの戦いをためらいもなく提案したのだ。スンダラ・クンダラくんの顔は晴れ渡り、ウガポン・ウガポンの顔は、真正面を向いているのに影になって見えなかった。


 ドジャーー ……。
 この日のために中国から輸入した銅鑼が鳴らされたが、その音にビックリしたので、鳴らした人がすぐ自分の手で止めてしまった。
 大王が拡声器を使ってお言葉を賜らせにかかる。
「おはようございます」
「おはよーございまーす」
「今日は私のために集まってくれてありがとう。どんな喧嘩を見せてくれるのか、とても楽しみだ。何も着ていない人、上だけ着てる人、原始人みたいな格好をしてる人、ホタテつけてる人、それぞれで作戦も得意技も違ってくると思う。そういうところがおもしろいところだと思う。普段暮らしている時には見られない、もしも人間が野生だったらという生命力を存分に発揮して、私の心が今日はジェットコースターだったな。まさにそうだったな、となるまで目にもの見せて欲しい。では、健闘を祈る」
 あらかじめ綿密に決めておいた、実力が似た者同士の戦いが始まった。繰り広げられる互角の戦いに、大王は身を乗り出して観戦する。こっちが股間を掴んだかたと思えば、あっちも負けじと股間を掴み、全身を擦り傷だらけにして寝転がり、互いに股間を掴み合ったまま動かなくなったところで、老師が駆け寄り、
「ドロー!」
 と大声で判定を告げた。これが四戦、繰り返された。
 しかし五戦目、スンダラ・クンダラくんとウマチャカ・オマチャカくんの弱いもの同士(全裸)の戦いで様子が変わった。本来なら、スンダラ・クンダラくんが「こりゃまいった!」と泣き言を言って倒れるべきところなのに、倒れず、ウマチャカ・オマチャカくんの股間に不意打ちの裏拳を入れたのだ。ウマチャカ・オマチャカくんはかわいそうに「うぅっー!」と叫んでうつぶせに倒れ、上からスンダラ・クンダラくんが背中をいっぱいビンタした。
 大王は今日一番興奮した様子で、口の動きから「もっとやれ、もっとやれ」と言っているのがわかった。スンダラ・クンダラくんはうずくまったウマチャカ・オマチャカくんの後ろから利き手を差し入れ、股間を掴みあげた。
「お、お、俺は今、金玉を引っ張り挙げているぞ! わ、わかったらおとなしく降参しろ!」
「う、うわわわわわーー!!」
 ウマチャカ・オマチャカくんの悲痛な叫び声が空に抜けていき、どこかで犬が鳴いた。
 老師は迷いながらも、
「そこまで! 勝者、スンダラ・クンダラ!」
 と声をあげた。
 スンダラ・クンダラくんは股間から手を離してゆっくりと立ち上がり、無言で列に戻った。ウマチャカ・オマチャカくんはしばらくしてから起き上がった。すすり泣いている。そして、決してスンダラ・クンダラくんと目を合わせようとしないで、そのまままっすぐ帰ってしまった。この世で一番偉い大王が「ねえどうしたのー!?」と声をかけても振り返らなかった。
 それからはまた、互角の戦いが続いた。しかし、先ほどの戦いを見た後の大王には、何か迫力不足という感じがした。その思いは、一番強そうなウガポン・ウガポンのホタテが試合中に外れてそこを相手につかれてしまうという場を見て頂点に達した。
「こりゃまいった!」
 そう言いながらウガポン・ウガポンが尻餅をつき、正面からのアングルで股間を掴まれる。
「痛い痛い痛いたいたい!」
 裏っ返しになったホタテを顔の横において、ウガポン・ウガポンが苦痛に顔をゆがませる。その一方で、手が相手の股間に伸びていく。
 大王の怒りが爆発した。
「俺を、なめるなよ!」 
 大王は、大王なのに結構高い台座から飛び降りた。
「嘘も大概に、いい加減にしろよ!」
 大王は戦いのすぐ横を通り過ぎ、目の覚めるような全力疾走で敷地から飛び出した。みんな慌てて追いかけた。
 大王は、だいぶ走って今は絶滅してしまったオオカミを見つけると、「待てー!」と怒鳴り散らした。狼は多分勝てるのに、警戒して森に逃げ込んだが、大王はいったん追いつき、しっぽの右のお尻のあたりにローキックを入れた。「ギャイン!」と狼はびっくりしてまた逃げたが、大王はまた追いかけた。今度は狼も本気で逃げたので、なかなか追いつくことができず、そのうちオオカミの方は時々止まって後ろをふりかえるようになった。大王はなおも走ったが、追いつけない。その様子を見ながら両手を頭の後ろに回してへらへら余裕をこいていたタヌキの前を横切ろうというとき、大王は急に立ち止まり、思いっきりタヌキの金玉をけりあげた。タヌキは「うぅっ!」と人間のようにうずくまった。
 大王はその場で振り返り、男たちに向かって怒鳴った。
「お前らのやっているのは、こういうことだぞ! 俺はこの国がいやになった!」
 どういうことかよくわからないが、男たちは説得され、五年後、血の滲むような努力によって、日本で最初の喧嘩殺法が編み出された。