どろりさんに捧ぐ

 指定された住所は、家系図を市販化せんばかりの歴史ある武家屋敷。間違いない。扉がウッド調の音をたてて自動で開いた。ここで早くも、友達がしていたのと似ていたのをクレジットカードで購入した黒い手袋をはめこみ、サングラスをスイスイと下ろしながら小まめに前方を確認する僕の横顔はハリウッドにはもったいない。
 本部からのEメールには「一番奥の部屋で仕事(ミッション)。よろしく。返信はしなくてよい」とある。
 危ない仕事ほどやりがいを感じる。「了解」と返信し玄関の戸を開けると、そこは片付けられない女の霊が四人ほどルームシェアし、来月からもう一人増えるんだよ、と楽しそうなA級ゴミ屋敷。いったんゴミを敷き詰めてその下で見たことない生き物や炊飯ジャーを一か八かで飼育したつもり運転に思わず「危ない!」と声をあげたのを合図にサングラスをサッと外し、芸人が本気で危ないと思った時に揉め事なしで装着するピッタリしたゴーグルを自分も装着した。ゴーグルに全て身を預けてゴミの上を進む。ゴミに遮られた窓はもはや窓としての用をなさず、屋敷の中は文化祭のオバケ屋敷同様の極端な薄暗さである。
 途中、ゴミからゴミへ高く積み上がったゴミが行く手を遮り、それをブロディに喩えた僕はひょんなことからブロディを倒さなければならない羽目に陥るも、「せいや!」と遅れて声が出るパンチで悶絶撃破、次々に間取りを明らかにしていく。一人二人と増していくテンションに、今の僕なら見たこともない宇宙人にいい意味で諺にされてゆけるだろう。
 ミニダンプを巴投げしたりと丁々発止、散々苦労した中でとうとうたどり着いたこれも意味不明にゴミだらけの部屋には、おばあちゃんが一人、比較的ゴミが少ない中央部に座っていた。その他には何も……いやちゃう、と僕は関西弁になった。おばあちゃんの3m先に聳え立つゴミの山のふもとに、白く光る画面が浮き上がっている。隠された真実をパソコンに決めると、僕は目にもおいしい見事な落着きでおばあちゃんに視線を移した。おばあちゃんは税金を払っているか○×クイズできるほど相当うす汚かったが、全てわかっているオールオッケーだと言わんばかりの目で「待っていたよ」と呟いていないような声で呟いたので呟いていないかもしれない。とにかく、話は通じているらしい。
 僕は、起きたのが二時間前であることを悟らせないタフな笑顔を一発だけ爆破させると、絶妙にゴミに埋もれてディスプレイと各種ボタンだけ飛び出したパソコンの電源を入れた。ちなみに、UFOの蓋の湯切り部分からボタンが顔をのぞかせている。そのボタンが光り、ゴミに埋もれた本体がカリカリと音を立て始める。床にマウスを這わせ、指定されたパスワードを入れて一分待つと、迷うことなくインターネットに接続し、urlを人差し指二人がかりで打ち込む。
 二回ほど間違えて到達したウェブサイトの真っ黒い背景は、よく見ると黒のスラックスがびっしり並んだ不気味な正体で訪問者をビビらせにかかる。下へ下へスクロールすると、質問があり、僕はその質問に答えなければならないが、この順番を間違えてはいけない。順番は、この頭脳の机の上に全部重ならないように広げてある。
 まず「はい」と答え、別のページにジャンプした。小さな恐竜がバンザイして跳ねているgifアニメ……成功だ。気を良くした僕は、記憶を頼りに、慎重に質問に答えていく。Be careful、中学英語が夜空に炸裂する。
「はい」「はい」「いいえ」「(右の木にいるキツツキをクリック)」「はい」「花に興味があるんだ」「そ、そうそう、花を見てるとさ……ほら、えーと、落ち着くじゃん?」「いいえ」「いいえ」「はい」
 子供が急に飛び出してくるように、それは突然の出来事だった。新たな質問に対して僕の記憶の良し悪しがマナカナになり、ミッション成功確率が音を立てて50%に落ちた。選択肢が初めて見るカップめんのように僕の目に迫る。きっと、慣れない環境と極度の緊張、NASAへの不信感が僕の頭脳をヤワな気持ちにさせ、それ自体楽しんでいるのだ。
 画面には「はい」と「いいえ」。そして残り時間がカウント・ダウンされている。10、9、8。
 しかしこのカウント・ダウンはカウントダウン嘘の巻で、実際は3までに答えなければならない代物だ。3になった瞬間、パソコンのCDを入れるところが開いてビックリし、結局ビックリしているうちに0になってしまうという一人時間差を利用した悪魔の仕掛け花火である。6、5、4。
 追い詰められた僕は「はい」をクリックした。
 新しいウィンドウが開いた。貝の画像だ。僕は反射的に貝をクリックした。するとまた貝の画像が現れた。胸騒ぎがした。まずいと思った時には、もう次の貝が開いていた。そしてそれからは自動的に、次々と貝の画像が開いていく。
「どうしたんだこれは。出てくる。貝の画像がいっぱい出てくる。失敗だ。貝の画像がいっぱい出てくるぞ」
 画面はもう貝の画像で足の踏み場もなく、マウスポインタのほかは貝の画像のせいで操作不可能になっていた。貝の画像が無限に出てくるところにポインタをグルグルさせながら悪あがきするようにクリックを積み重ね、僕は完全に冷静さを失い、思うに、その時もう僕の棺桶のニスが乾いていた。
コンピューターおばあちゃん、貝の画像をとめてくれ!」
 泣いて後ろを振り向いた僕の目がくらんだ。目を薄く、ゆっくり開けると、僕の顔に、おばあちゃんが懐中電灯と銃口を向けていた。