ストロング・エデュケーション

 学校で飼っていたウサギが死んだお知らせを校長先生が発表したその時、先生方が白のカーディガンを生徒たちに配り始めた。
「一つずつ取って、後ろの人にまわしてねぇ!」
 偶然、名前が野口五郎の五郎は、受け取って残りを後ろにまわすと、ビニールを破った。本当はプッチンボタンがついていたのに、破りとった。肩んとこを持って、前にいる偶然あだ名がカンニング竹山(この前漢字テストでカンニングしたから)の背中に、カーディガンをこちら向きに乗せ、胸のワッペンを凝視した。「悲しみ」という字が、縦にした楕円の中に収まるようなゆがんだ字体で書かれていた。
「よせよぉ、野口ぃ」
 カンニング竹山が肩を回しながら身を翻した。五郎は突っ立ったままだったので、カーディガンが地面に落ちた。白いカーディガンは砂に汚れ、先生が飛んできた。五郎は馬乗りになって8発ぶん殴られ、そして無理矢理立たされると、カーディガンをそっと背後からかぶせられた。そして耳元で声が聞こえた。
「野口くん、ウサギが死んで悲しいな」
 様子を見ていた朝礼台の校長先生が遠くから、
「わかるよ」
 と言った。
「ナイ−ヴなのわかるよ」
 五郎を含めた全校生徒は、学校指定の悲しみを羽織ったまま一日を過ごした。


 後日の授業中、急にサイレンが鳴った。みんな、避難訓練のお知らせをもらっていなかったので、「え? え?」とマジ顔で机にもぐりこんだ。寒がりの女子、偶然名前は坂井真紀だが、彼女は先日のカーディガンを着ていた。
「校庭に……集合しろっ!」
 スピーカーから聞こえたのは校長の声だった。
「ほらぼやぼやするなっ!」
 担任の先生が、机の下にいる出席番号1番の高相くんにローキックを浴びせながら叫んだ。僕たちは光の速さで整列し、階段を早歩きで降りながら、事態を把握しようとした。
「火事なのっ、火事なのっ!?」
「そんなわけねえだろっ!」
 スピーカーから校長の声が聞こえた。


 校長先生は明らかに機嫌が悪かった。
「まず、集まりが遅い。何分かかってるんだ。教頭っ」
 教頭は時計を見た。
「40分と…ちょっと」
「う、嘘つけー!」
 勇気を出した六年生から声が飛んだ。無視された。あとで怒られる。
「今日集まってもらったのは他でもない、先日のウサギちゃんの続報が入ったからだ。この……殺人犯どもが。そんなことで、来月の、みんな楽しみにしているスペース修学旅行に行こうというのか、この……殺人犯どもが」
 それでわかったことには、ウサギは殺されたのだった。ウサギの糞から、BB弾が見つかったのだ。BB弾が糞でコーティングされていたため、チョコボールみたいになって今日までわからなかったのだ。犯人は、ほんとなら野菜や果物しか食べないウサギにBB弾を与えて、オレンジ色のウンコが出るわとおもしろがった末にウサギちゃんを殺害した。お前等は産地直送のクズだ。これから犯人を捜す。その前に。というところまでが校長の意見だった。
 そのそばで一塊になってダンボール箱を囲んでいた先生方がまた動き出した。
「一つずつ取って、後ろの人に回してねぇ!」
 五郎はまた袋を破りとった。今度は、軍手だった。イボイボ軍手だ。手の甲の方に、イボと同じゴム素材で「いきどおり」と書かれていた。
 その瞬間、一人の先生が五郎の横を駆け抜けた。五郎が振り向くと同時に、女子が殴られていた。カーディガンを着て、軍手もはめた坂井真紀が殴られていた。
「いつまでも悲しんでいる場合じゃないだろっ!」
 校長先生は朝礼台の上で「strong education」Tシャツに着替えているところだったので見ていなかった。
「や、やめろぉ!」
 止めに入った五郎はすぐに馬乗りになられて気を失い、保健室で目を覚ました。
 ベッドの脇には自分のカバンがあり、その上に袋入りで「遥かなる宇宙を思お」と書かれたタオルが置かれていた。