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俺は俺のやり方でエロゲ規制反対運動に加わろう

 時は201X年。
 立法意思と法案と運用の糊付けが弱い児童ポルノ法改正問題は周辺の問題を巻き込んだまま肥大化し、「エロゲをしない男」と書いたハチマキをしめた男達が大挙として鼻をほじっているうちにエロゲ・エロマンガの中でも目に余るものが曖昧な裁量の許される法によって規制されるに至ったのが数年前。その後も改正が議論され、単純所持の牙城さえ崩れた。
 度重なる変態ドスケベロリコンレイプ問題をより厳密に考えようと内閣府に設置された変態ドスケベロリコンレイプ対策会議は、長の名称「日本一冷静なポコチン」とその人となりを巡る不毛な議論を巻き起こした。表紙がオシャレになったフライデーに「日本一冷静なポコチン」の勃起疑惑写真が多数掲載されたのをきっかけに、マス・メディアがこぞってトップで報じ、「立場をわきまえろ」との気の利いたコメントは流行語にもなった。「日本一冷静なポコチン」は「法整備を進める上で、私の勃起は関係ございません」と至極まっとうな意見を表明し、メディアのカメラの前、そしてキース・ヴァズもイギリスからネットTVで見守る中、パンツ一丁で『レイプレイ』をプレイ、パンツに染み一つ作らず三人とも妊娠させ注目を集めた。その一部始終が生中継されるとネットでは大規模な祭りとなり、規制反対派からでさえも分裂症気味に賞賛の声が上がった。情動的なメディア・大衆の民度の低さに、知識人の多くは「まったくナンセンスなパフォーマンスだ」とし、大衆に対しても「無関心を貫く多くの人間は、その無知から自らの主観的な勃起に争点を置いている。むしろ他者の主観的な勃起に思いを寄せる視座が必要だ」と説いた。
 そんな中、09年初頭に突如どこからか現れたという、巨大地下組織のエロ担当「イリュ〜ジョン」が暗躍し、禁止スケベ物品を取り扱う地下経済を着々と育てつつあった。その末端では逮捕者も出始め、懐かしいエロゲーのパッケージがモザイクつきでトップニュースを飾り、ネットではまた性懲りも無く祭りとなり、また一方で、どうしてこんな法案が通ったのかと怒りを露にした。問題は別なる問題へ飛び火し、禁止スケベ物品の受け渡しの多くが路上で行われていることを受け、街中のいたるところに監視カメラの要請がされた。監視カメラ大国イギリスのモデルが大きく紹介されると、無知なババアがかなり盛り上がり、相当な数のカメラが街に取り付け、その数は今もなお増え続けている。


 インターホンが鳴り、カメラのモニターを見ると、パンチパーマの男が小包を脇にはさんでいたので、山口マサエは通話ボタンを押した。
「はい」
「おうコラ、こんにちは! ヤクザです! ツトムくんいらっしゃいますでしょうか! 開けてください、ヤクザです!」
 そのがなり声は、善良な主婦である山口マサエをかなりビビらせた。
「うちのツトムちゃんに何の用でしょうか?」
「イリュ〜ジョンからお届けものです! ヤクザです! ポストに入らないので開けてください!」
「ちょっとお待ちください」
「待てないです! ヤクザです! イリュ〜ジョンです!」
 山口マサエは愛するわが子ツトムの部屋へパタパタ走った。もうだいぶ離れたのに、インターホンからは「ペリカン便です!」と嘘をつく声が聞こえてくる。
 山口マサエは鍵のついた部屋を静かにノックした。しかし返答はない。少し強くノックする。返答なし。かなり強くノックすると、部屋の中から、
「なんだよ、母さん」
 という穏やかな声が聞こえた。
「ツトムちゃん、何かヤクザが来ているんだけど、何かの間違いよね」
 すぐに答えは返ってこなかった。山口マサエはインターホンの声をさえぎろうと、方耳をふさぎ、ドアに耳をそばだてた。
「わけわかんないな。何を言ってるの」
 マサエは大きく息をついた。教育熱心なマサエは、各種の世の中を良くする運動に関わってきた。子供達のために児童ポルノを叩き、下品なエロゲーも当然叩いた。清らかなツトムちゃんが清らかに生きていくため、世の中が清らかにならなければいけない。ツトムちゃんは趣味こそパソコンだが、有名進学校に毎日皆勤賞で通い、運動部でもレギュラーをとっている。
「そうよね。じゃあ、怖いから切っちゃうわね」
「いいよ、俺が出るよ。母さんは下がってて」
 ツトムは部屋から出てきた。180センチのイケメン、体はがっしり、バレンタインデイの口癖は「まいっちゃうな」、ピアノの腕前は今田耕二を遥かにしのぎ、朝日新聞投書欄の常連、まさに隙の無い高等教育が生んだある種の完全体である。
「俺が文句言ってやる」
「でも、切っちゃえばいいじゃない。なんだか怖いのよ」
「いいんだよ」
 ツトムは母親を母親の部屋に押し込みドアまで閉じると、インターホンに向かった。「着払いです!」という声が聞こえる。パンチパーマを確認すると、声をかけた。
「ポストに入らないのか?」
「入らないです! ヤクザです!」
「おいちょっと黙ってくれ! ……上がってきてください」
 ツトムは共同玄関のドアを開けた。
 気配を感じて振り返ると、母親が立っていた。
「ヤクザが来るのね!」
 ツトムは何にも知らないでオタオタする母親に、久々にかなりムカついてしまい、
「来るよ、うっせえな!!」
 と声楽でならしたいい声で怒鳴った。
「部屋にすっこんでろよババア! 若作りしやがって! 俺はツルツルしてちっちゃいエロいのを無理やりやるのが好きなんだよ!」
 母親は震えながら手で顔を隠し、踵を返した。ツトムちゃんはこんな下品なことを未だかつて言ったことがなかった。ましてや私に向かって言ったことがなかった。ツトムちゃんに関して心配したり不安になったりしたことなどなかった。今まで自分はツトムちゃんの不安にならないようにだけしてくればよかった。しかし今、そのツトムちゃんが自分を不安にさせるのだ。恐ろしい。恐ろしいのだ。そのまま部屋に飛び込んだ。
 ツトムは舌打ちしながら玄関へ向かう。しばらくしてピンポンが鳴り、ドンドンとドアを叩く音と、
「ヤクザの者ですけど!」
 という声が聞こえた。ツトムは慌ててドアを開けた。
「ヤク……あ、どうも!」
「おい、あんたバカか? もう少し静かにできないのか?」
 見た目からして、どうやらかなり頭が悪い部類のヤクザのようだ。
「どうしてあんたみたいなのが……とりあえず玄関に入ってくれ。入るんだ」
 ツトムはヤクザの袖をとり、強く引っ張り寄せて、ドアを閉めた。
「イリュ〜ジョンからお届けものです! ヤクザです!」
「わかったから黙れ! よこせ! そしてさっさと帰れ!」
 ヤクザは小包を差し出すようにしたが、渡すつもりがないと示すように自分の方へ少し引き寄せた。そして言った。
「部屋ん中、涼しいっすね!」
「くれよ! 帰れよ!」
 ツトムは選びに選んだエロゲーが詰まった小包を分捕った。ヤクザは喜色満面の顔になり、肩をツトムにあてるような動作をした。
「ちっさい子を襲っちゃうの、エロいの、最高っすよね!」
「なんなんだよお前は! 黙れ! 変なことを言うな!!」
 その時、外で人の足音がした。足音。何かを探すようにゆっくりと歩いている。そして止まる。ツトムのすぐそばで、頭の悪いヤクザも息を呑んだ。心臓があせるのが聞こえる。少しの間(ま)、そして、ドアのすぐ向こうに動きを感じて、まずいと思った瞬間、背後でピンポンが鳴った。壁にへばりついて明らかに顔色の悪いヤクザをどかし、抜き足差し足でドアに近づき穴から覗いてみる前に、ドアがドンドンと叩かれた。
「こんにちわ! 千葉県警ですけど!」
 ドンドン! ドンドン! 間近にいるので、ドアが揺れているのがわかった。覗いてみると、ご存知のコスチュームが帽子だけ大きくなった形にゆがんで動いている。こいつはこいつで頭が悪そうだが、正真正銘の警察だろう。
 そう冷静に思ってから、ツトムの頭がグルグルまわりはじめた。何もかもこれで終わりになったわけだ。ここまできたような世間なら、自分に何も同情しまい。ネットでやった規制運動なんか全然まったく意味が無かった。どうしようもないバカばっかりだった。俺は終わった。終わらせたのは誰だ? どうして人間はこうも間違えて間違いに気付かないことでまた間違いを積み重ねていくのか? バカばっかりなのか? ふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがって。全員役立たず役立たず役立たず役立たず。
 そう考えているうちに、ツトムは母親をぶち殺していた。鍛えた体に大理石で固めた置時計を託し、通報したバカの、規制したバカの頭に一発でぶち殺していた。名探偵のアニメで見たような光景が、バカバカしいほどリアルに、目の前に横向きで転がっている。
 どうしたものかフラフラしながら玄関に戻ると、ヤクザは相変わらず壁に張り付いたままで、口をパクパクさせて、見開いた目でどうしようと言っている。友達だよね? と言っている。
「友達じゃない」
 とつぶやくと、ヤクザは震えたまま不思議そうな顔をした。そうは言っていなかったらしい。外からまた声が聞こえる。
「ご近所の方から通報がありまして! ペリカン便ですけど! 開けてください!」
 警察が嘘をつき、自分は一部間違った理由で母親を殺し、この社会は何度も何度もミスってきた。今わかったことはその三つだけだが、この先じっくり考えてもこれ以外のことはわかりそうにない。