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学園コント詰め放題600円

 二人が犬と猿のライバル関係にあったのは、学園の誰もの知るところだった。いつかえらいことになるのではないか、と時々後ろの黒板に書かれていた。
『今週えらいことになるのではないか』
 そう書かれてから三日後の木曜日、それが現実のものとなった。きっかけは、放課後の教室、居残りリコーダー練習だった。
 ピーーポーーポーーピーーポーーポーーポピィーーー。
「小林くん、君の演奏……残念ながら、どう考えても僕の方がパーフェクトな人間のようだね」
「なんだと、貫井くん。僕の「星に願いを」のどこに欠陥があったというんだ。君の方こそ、もっと頻繁に唾を抜きたまえ。きちゃない男だ」
 貫井くんは、ああん? という表情を浮かべながらも、ももにリコーダーを押しつけた。制服がじんわり濃い灰色に染まる。
「侮辱する気か。いい度胸だ」
「事実を言ったまでだ。二小節ごとに先っちょからポタポタ垂れているじゃないか。は〜〜〜きちゃないきちゃない」
「天然パーマちゃんに言われたくないな」
「天然パーマは今関係ないだろ!」
 小林君が、貫井くんの横にあった貫井くんの親友の野間くんの机をガシャーン蹴りとばし、貫井くんがそれに負けじと小林くんの好きな辻崎さんの机の中の教科書やら何やらを全部床に引きずり落とし、どっちか知らないがフワーーッ!!と奇声をあげたとき、
「ケンカはやめてくれよ!」
 もう一人残されてリコーダーを吹いていた柿草くんが泣きそうな声を上げた。
 その日はそれで終わった。みんな帰っていたからだ。二人が別々に走り去ったあと、柿草くんは後ろの黒板に歩み寄った。『明日、えらいことになるぞ』と書いていったん消し、『今日、えらいことになるぞ』と濃く書いた。それから、柿草くんはばらまかれっぱなしの辻崎さんのものを拾い始めた。しかし柿草くんはしょっぱな辻崎さんのリコーダー袋を手に取ったところで動きを止めた。開け、取り出し、目の前に持ってきて、テレビ実験でバナナを手に入れたサルのように不安気にきょろきょろした柿草くんは、おそるおそる舐めた。くわえた、吸った。やるだけのことはやって満足したのか、リコーダーを置き、煙草をくわえて一服。半分ほど燃やしながら少し考え、マイルドセブンくわえっぱなしで辻崎さんのリコーダーの一番上パーツを外す柿草くん。そして机の上に置いた自分のリコーダーをチラ見する。もはや落ち着き払った柿草くんはきびきびと歩き、吹き口のパーツを自分のと交換した。しかし何か物足りない。柿草くんは自分のリコーダーの尻のパーツも、辻崎さんのものと交換し、そして笑った。どのような真意があったのかはわからないが、かなりの変態と言える。


 翌日、カバンから笛を飛び出させた柿草くんが教室に入ると、案の定、小林・貫井の二人は、教室の前方で、両手に黒板消しを装着したまま一触即発の様子でにらみ合っていた。どちらかは、隣のクラスから借りてきたものだろう。
 クラスメイトたちはその周りを囲んで、ラッセーララッセーラと今にも始まるケンカ(黒板消しバフバフ)を楽しみにしている様子だったが、この争いをもっと一大イベントにしたいものが現れた。沢入くんである。
「二人とも落ち着きなよ。こんなのどうだろう。何かで対決するっていうのは」
 非常にわかりやすい意見を聞いた途端、みんな口々に提案した。
「ボクシングしろよ」「水泳対決がいいよ」「ていうかゲームー、テトリスのゲームーで勝負しろよ!」「ゲームー?」「格闘のゲームーで勝負しろよ」
 お静かに、お静かに。沢入くんは落ち着いた様子で手を上げ下げして微笑む。
「僕に考えがあるんだ」
 そこでいったん死んだ貝のように黙りこみ、いやがおうにも聞かせてくれよ沢入という雰囲気を作ってからいっぺんに叩きつける。
「バイオトランポ・テクノロジーで、勝負してもらおう」
「望むところだ!」
 小林くんは、どういう対決なのかわからないのに叫んだ。みんなもわからないのに拍手した。
「いよっ!」
 パチパチパチパチ……。


 放課後の体育館からバスケ部とバレー部が締め出された。バドミントン部だけが、隅っこにある何に使うかわからない10m幅のハシゴみたいなやつの前でストレッチすることを許された。これは校長先生から許されたのだ。
 言ってみれば、バイオトランポ・テクノロジーとは、トランポリンをしながらバイオリンを弾く競技であるということだ。沢入くんによれば『らんま1/2』を愛読することで、おもしろいスポーツを考え付く能力がつくらしいのだが、その達成がバイオ・トランポ・テクノロジーだという。全員、もっといいのあるだろと思ったが、じゃあ言ってみろと返されると困るので黙っていた。
「ちょっと待ってて」
 と沢入くんがステージ袖に消えると、準備に割りとかかるらしく、みんな暇になった。
「らんまって最後どうなったんだっけ?」
「結婚したの?」
「結婚式をしようと思ってドタバタドタバタして……」
「じゃあしてないんだ」
「結局、らんまの体は戻んの?」
「なんかあかね、小っちゃくなってなかった?」
「結局、らんまの体は戻んの?」
「戻んないよーー!」とバドミントン部から声が聞こえた。
 知りたがっていた石川くんが手をあげてお礼を示したその時、ガサゴソとスピーカーから雑音が聞こえた。みんなちょっと上を向いて、次の音に備える。義務教育の学び舎システムは、僕達になんて悲しい習性を与えたのだろう。体育館のスピーカーから聞こえてきたのは、柿草くんの声だった。
――いよいよ二人の勝負が始まります。みなさん、より勝負を盛り上げるため、リコーダーを吹いて応援しましょう。
 この奇妙な提案に、みんなはどう反応していいのかわからず、小さな声で相談を始めた。
「なんで笛?」
「バイオリン弾くのに、うるさくないかな」
――みなさん大急ぎで、リコーダーを取ってきてください。
「ええ〜〜」
「教室戻って笛を持ってくるのめんどうくさいぜ」
「ていうかこれ柿草くん?」
「じゃない?」
「柿草くんって煙草吸うらしいよ」
「うそー不良じゃん」
「信じらんなーい。ほんと?」
「ほんとほんと。モスバーガーの喫煙コーナーでメロンソーダ飲んでたらしいよ」
「煙草は?」
「俺が聞いたのはそこまでだけど」
「混んでたんじゃないの。混んでたからじゃないの」
「それが、3時ぐらいでガラスキだったらしいんだよ。なのに、喫煙ゾーンでメロンソーダ飲んでたらしいよ」
「それ誰から聞いたの?」
「誰でもいいじゃんそれは」
「誰から聞いたの?」
「言わないよ」
「誰から聞いたんだよ!」
「落ち着けよ二人とも。でも、笛を吹くのはやっぱおかしいよな」
「黙ってねーで言えよ!」
「ちょっとやめなよ。どうしてケンカになんのよ」
「そうだよ。絶対おかしーよ。そんなの絶対おかしーよ」
「どっち?」
――ピポポーーピ−ー
 なかなかアクションしないクラスメイトに痺れを切らしたのか、柿草くんのリコーダーの音色がスピーカー越しに響き始めた。別の場所を見上げれば、体育館放送室のガラス窓越しに、立ってリコーダーを吹いている柿草くんが見える。柿草くんはこっちを見下ろしている。辻崎さんを見ている。
「どうして柿草はリコーダーにこだわるんだ」
「なんであんなにこっちを見てるんだ」
「私を見てる……」
 辻崎さんが言った。
 その瞬間、はるか二丁目の町田くんの家で、町田くんが夏休みの自由研究で作った名探偵ロボット「ローボット・ホームズ」(評価B’)の目が赤く光った。やがてローボット・ホームズは足の裏のタイヤをフルスピードで回転させ、ベッドの下から学校へ向かおうと飛び出す。たどたどしいコーナリングで廊下に出たところで、町田家の飼い犬ベル(ゴールデンレトリーバー、オス、3歳)が襲いかかり、ギャンギャン大騒ぎして絡み合っているところを、町田くんのお母さんがやってきて、犬ごと、洗いたての町田くんのジーパンでぶったたき始めた。