マチャアキ
「さよならと〜書いた〜手紙〜〜♪ はいOKどんな感じ?」
「う〜ん」
若いプロデューサーは顔をしかめた。目の前には自在に上下させることができるメモリがたくさん並んでいるが、正直使いこなせない。一回マックスまで上げてみないとどれがどういうメモリかわからない新米だった。
「忌憚なき意見 聞かせてよ」
年配ロックシンガーは軽妙に話しかける。ロックってそういうものだと思っているだからだ。
「マチャアキのパクりじゃないですか。それどころじゃない。まんまじゃないですか」
年配ロックシンガーさんの顔が急に、一流のアーティストならばそんな顔は決して見せない、憎悪だけを無添加でギュッとしぼったものに変わった。そして、ここがロックの出しどころだというふうに言った。
「パクりはいけないって考え方はどこからパクってきたんだ?」
「うっ……でも、これじゃ違うのはタイトルだけだ。『バイバイマイラブ』 これはこれでサザンだ」
「清志郎が死んだ。俺は泉谷とは違う方向性で、忌野をロックに弔ってやりてぇんだ」
「マチャアキをパクることがロックなんですか! あなたがマチャアキをパクると清志郎さんが天国でどんな顔するっていうんだ。だいたいあなた 忌野さんと面識ないじゃないの。比較的会いやすい泉谷さんとも会ったことないじゃない。死にコメントを寄せているのは、中学生でも知っている名だたる大物シンガーたち、ぎりぎり武田鉄矢まで。あなたは シュビ塚ドゥビダ郎は、単にマイナーな 奇をてらって失敗した 引退する勇気も職もない年配ロックシンガーだろ!」
「……」
シュビ塚は自分の息子ほどの若造の顔をじっと見据えている。まったく臆していない。かなりボロクソ言われているのにどうしてこんなに堂々としていられるのか。これがロックなのか。だとしたら、それってどうなんだ。
「あなたはプロなのに、おやじバンドの大会に演者として出演できてしまうほどの知名度しかない。それなのに、盛んにパクってこんなことばっかりしている」
シュビ塚はブースを遮っている防音ガラスのそばまでやってきた。年季の入った革ジャンのほつれが目立つ距離だ。ガラス越しのシュビ塚は凄い形相で叫んだ。
「だからマチャアキの力を借りるんだろ!!」
若手プロデューサーには、防音ガラスのせいで微かにしか聞こえなかった。その分、魂を揺さぶる心の声のように思えた。若いからそう思った。
「どんな手を使ってでも成功をつかめ。正攻法じゃどうにもならない人もいる。お前からは俺と同じ匂いがプンプンしやがる」
「シュビ……」声が震えていた。「ドゥビダ」
「それがロックだ」
レコーディングが再開された。
「だから俺言ったろぉ!? 男の子は回り道をしても夢の海へ着けばいいって」
「トム・ソーヤーのアニメからも、パクってパクってパクりのめしていけばいいんですね」
「そういうことよ。俺達は成功をつかんだ。俺とお前とマチャアキのトリオは最高だ。乾杯!」
EXILEを避けて発売された『バイバイマイラブ』はオリコンの右側のページの上の方にのっかるシュビ塚史上に残る大ヒットとなり、二人は事務所で祝杯をあげていた。
「マチャアキに乾杯!」
三度目の乾杯をしたとき、部屋のドアが開き、女性職員が入ってきた。さっき見たときはアンコロモチを食べていたが、今は口のまわりのアンコ以外は神妙な顔をしている。いやな予感が五線譜に埋め尽くされる。
「シュビ塚さん……お客様です……」
もどかしい、小さな声で紹介された男が一歩前に出てきて頭も下げずに言った。
「マチャアキの弁護士です」