最後に謝ります

 用意されたスプリント靴がマジックテープを使っており、しかもちょっとでかいことに北海道出身のエイジは気付いた。足にフィットさせるように履こうとすると、マジックテープの接着面が狭くなってしまう。接着面が平行四辺形になっている。かと言って、マジックテープをべったり100点の状態にすると、エイジの足は、肌着を着ないから風邪を引く時の悪いイメージに支配されていく。
「俺はいったい何をしているんだ?」
 エイジは全ての記憶をすっぽり失っていたが、誰かと戦わなければならないことだけは不思議とわかっていた。だから、オレンジ色のマジックテープに埋め込まれている糸を爪でつまみ出そうとし、出そうとし、出そうとし、出し、そして靴のマジックテープ部分をグッグッグッと引っ張り、「ガッチガチに固めてくれ」と名台詞を言いながら接着させる。
 しかも実は、ベンチは、座るところにマジックで『エイジ』と描かれているベンチは、プールサイドのように濡れていた。決戦を前に、ケツがびしょ濡れのエイジ。穏やかさをサブタンクまで使い切り、心はすすだらけだ。
「俺は、誰と戦うんだ?」
 自問したとき、人が沢山いる本部のテントがザワザワッとし、見てたら母親が出てきた。母親はエイジの中学時代のジャージの裾を引っ張りながら、30m離れた台まで主婦の歩みでやってくると、その上に立った。そして、腰に装着できるようになっている拡声器を口にあて、言った。
「第二種目、障害物競・争!」
 遠くにあるベンチで誰かが手首足首をしながら立ち上がった。全体のフォルムでエイジにはわかった。あれは、父親だ。血のつながった子供は、見慣れた三親等まではシルエットで当てることができる。君にもできる。
「俺は、おっとうと戦わなくちゃあ、ならないのか」
 ゆっくり近づいてくる父親の顔は、赤い墨で、アンパンマンらしき顔にペイントされていた。それを見た瞬間、エイジの脳の、満腹中枢を左に曲がって国道をずっといった左側(ガストだったかデニーズだったかの向かい)に見えてくる、アンパンマンを描く時の中枢が凄く活性化した。人間誰しも、やなせたかしでなくとも、アンパンマンを描く時のルールを人それぞれ持っている。鼻のてかりを表現する四角を、鼻と両ほっぺ三つともに描いてしまっているアンパンマンは、父親の上からでもエイジをアピールし、エイジエイジしていた。
「エイジ! 羽根つきではしてやられたが、次こそは負けん!」
「おっとう、残念ながら次も俺が勝つよ。この障害物競走も、俺が若さで勝つ!」
「生を言え! しょせんお前という猿は、私の扶養の中で踊らされているにすぎんのだ。この…バカ息子が。働け!」
 エイジは22を過ぎても大学に通っていた。だからエイジの分の家族手当は支給されている。そしてエイジは就職活動も中途半端でやる気が感じられないどころか、筆記試験を次々にバッくれている(ダイジョブダイジョブ〜!)。
マジで仕事がしたくないんです(ダイジョブダイジョブ〜!)。
本当にお父さんお母さんごめんなさいマジで(ダイジョブダイジョブ〜!)。


ダイジョブダイジョブ〜!