関根野球の真髄について

 関根さんと僕は早起きして、つっかいぼうで風通しのよくなったカゴの下に野球ボールを設置した。棒についたひもをひっぱるとカゴが落ち、野球少年が中に閉じ込められる仕組みだと関根さんは言った。それを九回やれば野球チームが作れるというのが関根さんの計画だった。僕はひもを握りしめた。
「慎一くん、どうだい。野球少年はかかりそうかい」
「あっ!」
 僕は叫んでひもを引っ張った。トサッ。遠くでカゴが落ちる。
「やったか!?」
 そう言って息をのんだ関根さんは野村監督の本を全部買っている。サッチーの本も間違えて買っている。
「これはマジでやったか!?」
 なのに、僕が関根さんの夢をつなぎ止めようと劇団☆新感線しているのがわからないのだ。
 二時間後、腹が減ってきたとき、ひとりの少年が2メートルの距離からボールをじっと見ているのに気づいた。僕は今回こそマジでやってしまうかと思ったが、少年は何回かボールを振り返りながらも走り去っていってしまった。関根さんの落胆は凄まじかった。
「慎一くん、もう帰ろうか」
「おい待てよ、ちょっと待ってください! あれは……?」
 僕は公園の入り口を指差した。さっきの少年が、今度は野球のユニフォームを身にまとい、だいぶ遠くからこっちに走ってくるじゃないか。
「来た! 着替えて来た!」
 僕は叫んだ。遅れてきた野球小僧は胸に構えたグローブを光の速さで閉じ開きしながら猛然と向かってきた。そしてそのままボールにダイブしたズザザザザザ。トサッ。野球少年の体が半分ぐらいカゴにおさまった瞬間、僕は無意識に草むらから飛び出していた。カゴがカサカサ動いている。それをそっとひっくり返すと、野球帽に「ココリコ遠藤さん」の字の少年が内野ゴロに倒れた時の表情で出てきた。
「君、名前は?」
「川嶋。川嶋アキフミ」
「ポジションは?」
 それを聞くか聞かないかのうちに、野球小僧の口がパクパクし、顔は恐怖にゆがみ始めた。眉がうごめき、目は見開かれ、鼻が二個になっている。僕の後ろで何か良からぬことが起こっている。なんか犬のにおいがする。
 振り返ると、草むらから三歩ぐらい出たところで、関根さんが牙をむいてうなる三匹の犬に取り囲まれていた。犬には首輪がなく、年齢イコール飼い主いない歴になる犬種であることがうかがえた。
 関根さんは、なるべく犬を刺激しない動きでポケットから野球ボールとマジックを取り出し『サヨナラ負け』とボールにしたため、一昨日一緒に考えたサインを添えた。
「慎一くん、今までありがとう。ここでお別れだけど、絶対ケガするけど、忘れないで欲しい。関根野球の真髄を」
 その時、最初の野良が関根さんの足首に飛び掛った。
「みんな、仲良く!」
 僕より先に、今仲間になったばかりの野球小僧が関根野球の真髄を叫んだ。同時に、ローキックを連続で繰り出しながら犬ににじり寄り始めた。