ケアレス巨大化ミス

 6年連続で飼育係をしてきたのは、ウサギを愛しているからじゃない。嫌いなわけではないけど、嫌いっていうかウサギは好きなんだけど、だって好きじゃなきゃ、嫌いじゃないとはいえ6年もできないじゃない。違うんだって。ちゃんと理由があるの。僕はウサギを使って世界征服する予定なの。そのために6年間、飼育係に扮して不思議な不思議なエサを与え続けてきたけど、このエサの不思議さには僕もただただあきれるばかりだ。
 そして今日がいよいよ僕の「世界征服ウサギ育成計画」の晴れの除幕式なのだ。
 放課後、誰もいない校庭の隅にあるウサギ小屋の前に立つと、前置きはしないで呪文を叫ぶ。この呪文を叫ぶとウサギが巨大化する。なぜか。
「ウィッキウサウサドゥー!」
 はいきたきたきたきた。ウサギの体が少しずつ大きくなってきた。かの任天堂では、マリオが大きくなっていくさまを表現するために試行錯誤を繰り返した結果、小さいマリオと大きいマリオを交互にすばやく表示する方法にたどり着いたという。徐々に大きくなっていくウサギは、不思議さにかこつけて言葉を話すようになっていた。
「これは……体の内側から、普通のウサギとして暮らすには不必要なバイタリティーが湧き出てくる。人間どもめ、踏み潰してくれるわ。ニンジンよりもっと硬いものをこの手に」
「僕が目覚めさせたのだ。僕がお前の生みの親なのだ」
 小一時間して二本目の煙草を消す頃には、ウサギの大きさは小屋いっぱいになろうとしていた。このまま小屋を突き破って頑張ってもらいたい。
 でも、さらに煙草1本すっても一向に小屋は壊れない。ウサギの方も窮屈な体勢になってきた。各関節に負担がかかりはじめていることがパッと見でわかった。
「どうした?ウサギ」
「巨大化の勢いがウサギ小屋の建てつけに負けてるんですよ。勘弁してくださいよ」
「小屋を、壊しちゃえよ!」
「そんなに力入んないから。体勢が無理。体勢が無理」
「じゃあこのまま待つしかないのかな?」
「いやいや、ていうか巨大化も止まってるからね」
「ウソン」
「そんなの完全に止まってるよ。バイタリティーなんか全然出てない。いっくら蛇口ひねっても、うんともすんとも、そもそも源泉が枯渇してるからね。進化の過程段階は終えてるから」
「でも、もっと大きくならないと困るよ。予定ではこの3倍ぐらいの大きさになるはずなんだ」
「いやだからもう終わってるんだって。あのね、箱入りスイカみたいなもんなんですよ。僕だって巨大化する気持ちはありましたよ。でも、周りの、側が壊せなかったから。体があきらめて、外にいけない分を内側で満たしにかかってしまったから。角を埋めにいったからね、小屋の。すぐに角をとりにいったから。オセロかと。だから今の僕はすごく、 直方体になっているよね」
「じゃあ、世界征服は?」
「いや、たとえば小屋を壊してシュッと巨大化してたらね、そりゃやる気満々ですよ。気も大きく『どけどけーい!』と。でもね、落ち着いて考えてくださいよ。例えばその、何の障害もなく完璧に巨大化してからの『どけどけーい!』でもね、正直、世界征服は無理でしょ? 普通に考えて、ね? それが更にこんな直方体にな ってしまってね、これで外に出れたとしても、たかが知れてるでしょ? それでも、それでも百歩譲って、僕が直方体になって外出に出ても『どけどけーい!』という気持ちになれるなら、もしなれてるなら、話は別ですよ」
「気持ちが死んでなければ」
「そう。それならいけますよ。世界征服とまではいかなくても、一暴れぐらいはしますよ。爪あと残すぐらいは」
「卒業アルバムの一年の出来事的なページに載るぐらいは」
「やりますやります」
「俺が卒業した年は四角いウサギが暴れたんだと」
「柵とか壊したのかと」
「そのへんが限界だった」
「でもほんとに、言ってもナリは大きいから、気持ちがついてくればそれぐらいは直方体とか関係なくできるんですよ。正直それならそれでオッケーじゃないですか。柵なら柵で、一応やったと言えるでしょ。やったなと。あいつやったなと。でも これね、僕の状況っていうのはね。巨大化だぁーと言われて小屋に引っかかってね、体が四角く四角くなってはまりこんでるわけですよ。これから小屋を壊すなりしてやっと出られて、そのあとで、自分の気持ちとして、どの面さげて『どけどけーい!』と肩で風切れるかって話なんですよ」
「どの面を向けて『どけどけーい!』と言えるのかと」
「いやほんとに。しかも巨大化したての時にちょっとかっこつけたのが効いてきてるからね」
「あれかっこつけてたんだ」
「こうなってしまった今、あれを言ってしまったことがハートにガンガンきてるから」
「ニンジンよりもっと硬いものをこの手に、とか」
「やめてやめて。ていうかだって、なんなら今、ニンジンなんか小さく刻んでもらわないと食べる気しないからね。ペーストにしてもらわないと」
「ほとんど病人だから」
「うん。もっと希望を言うと、おかゆとかにして欲しいからね。病人だから」
「心身ともに」
「ほんと。まず、体が四角い時点で気持ちの整理に何週間か欲しいよね。友達が来ても入れないで欲しいし、お見舞いの品とかも受け取らなくていいからと言うよね」
「お母さんに」
「時間かかるよぉ〜これは。先生も親も『時間はたっぷりあるから』とか真顔で言ってるからね」
「うわ〜」
「この前は医者も言ってた」
「精神科医が」
「ほんとにさぁ。頼みますよ。お願いだから」
「いやでも、これはほんとに申し訳なかった」
「今日一人になったら、ウサギ的な意味じゃなく泣くからね」
「なんで俺なんだと」
「いやほんとに。冗談じゃないですよ」