みんな生きててくれー!

「うおおおおお!」
 わけあって戦いに遅れた俺は、ジャージ姿で、刃を上向きにした錆びた包丁を前に突き出しながら、魔城の中を駆け抜けていた。モンスターは見てみぬ振りをしていた。「絶対やばいよアイツ」という声が聞こえる。
「みんな生きててくれー!」
 一番重そうに作られた扉が目に入った。一番重そうに作られてはいるが、そんなに重くない。重くしたら、暮らしにくいからだ。そのため、俺が肩でぶつかると、西部劇の酒場のドアのように開き、内から外、外から内へバッコンバッコンする仕組みになっていて、暮らしやすい。
 それを背中で感じながら、俺の目には大きな魔王と、傷ついた仲間達の姿が映し出されていた。俺と魔王はにらみ合った。
「とりあえず包丁をおろすか、それかちゃんと剣みたいに構えてくれ。怖いから」魔王は、おどろおどろしく、音響効果を最大限に生かした声で言った。
 俺は包丁を両手で持ち、剣みたいに構えた。
「それそれ」魔王が言った。
 俺は今一度、自分が一番かっこいいと思っている顔で睨みをきかせてから、その手前で倒れている仲間達に駆け寄った。
タンホイザー! 大丈夫か、タンホイザー!」
 タンホイザーは完全な気をつけの姿勢で仰向けに倒れており、鼻からは血が流れ、目も閉じていた。
タンホイザー!」
 俺がしつこく呼びかけると、タンホイザーはうっすらと目を開けた。
「うう、蒲生……来たのか。やられたぜ。途中まで互角に戦っていたんだが、ふとエロいことを考えちまった」
「お前戦ってる最中に……」
「ふと考えちまったぜ。そしたら途端に………鼻血出ると、あせるわぁ〜」そこで突然タンホイザーは目を閉じた。
タンホイザー!」
「俺には構うな。それより、バイリンギャルが……」
 俺は立ち上がって、バイリンギャルの方へ駆け寄る。バイリンギャルはうつぶせに倒れて、片方の手を伸ばし、足を片方だけ開いて曲げて、顔を横に向けた寝苦しい時の体勢で、これも鼻血を出し、息が荒い。
「ガハァッ!」バイリンギャルが苦しそうに、血が出ない、血を吐く時の動きをした。
「バイリンギャル!」
「蒲生、気をつけろ……第二形態に変身した奴の攻撃力は、予想を遥かに超えている。ガハァッ! 完全に戦意を喪失した俺は、座り込んでエロいことを考えてしまった……」
「座り込んで……」
「すぐに鼻血が出て……聞いてくれ。二次元の女どもが、正月に俺の実家に押しかけてくるんだが、なんと家族はみんな初詣に行っているんだ……ガハァッ!」
「喋るな、別に血は出てないけど、もう喋るんじゃないっ、バイリンギャル!」
綾波レイからこまったさんまで、よりどりみどりだったぜ……ガ、グハァッ! 眠い!」
 それを最後にバイリンギャルの目が閉ざされ、体の動きが完全に止まった。
「おい、おい! ……ウソだろっ、バイリンギャルッ、おいっ! こまったさんはウソなんでしょ!?」
 バイリンギャルは動かなかった。安らかな顔をしていた。俺は立ち上がり、魔王をにらみつけた。
「え〜〜〜俺?」魔王の声が響き渡った。
 俺は最後の仲間、ドスケベおじさんの方へ歩いていった。ドスケベおじさんは一人離れ、壁際のところで、両手で何かを持って、その上におおいかぶさるように、鼻血まみれで倒れている。
「そのおじさんは、入ってきた時からずっとエロ本読んでて、五分ぐらいしたら勝手に倒れた」魔王が言った。「何なの君達」
 ドスケベおじさんは、親の形見ですからという理由で、毎週エロ本を買っていた。俺は包丁を捨て、ドスケベおじさんの小学生の時から使っているリュックサックから少し飛び出ている丸めたナイタイを手に取った。そして振り返り、アバンストラッシュの構えで、魔王を再びにらみつけた。
「お前を倒すには、俺一人で十分だ」
「スケベちゃんの仲間に何が出来るんだよ。どうせエッチなこと考えて終わりだろ!」ひときわ大きくなった魔王の声が、城中に響き渡る。
「どうかな。俺はな……」
 俺は何にも知らない魔王の顔を見て不敵に笑い、アバンストラッシュの構えを捨てて、走り出し始める。途中で、ナイタイを振りかぶる。
「場末のソープでちょっくら賢者に転職してきたところだ!」
「な、なにぃぃーーー!」
 俺は巨大な魔王の股間までジャンプすると、空中で停止したまま、とにかくチンチンをめった刺しし始めた。