空から女の子が降ってくる

 僕はまず、それはとてもきれいな名字だと思いました。
「私は空美さんに一輪車を教えてあげたいです」と長谷川さんが言いました。
「もう乗れるかもしれないだろー」と塚くんが言いました。
「空から降ってくるぐらいだから、一輪車なんて知らないもん」と長谷川さんが言いました。
「お前が天上界の何を知ってるんだよー」と塚くんが言いました。
 転入生の女の子が空から降ってくると先生から聞かされて、みんな楽しみにしていた。僕はみんなのように、その空美さんに何をしてあげようということはいくら考えても考えつかなかったけど、いつもみたいに恥ずかしがらないで、ちゃんと挨拶をしようと思っていました。
 クラスの席の一番真ん中のところは普段は真野くんの席だけど、今は誰も座っていなくて、そこに空美さんが降ってくるんでした。ぼくはともかく楽しみなので、空美さんが降ってくるのをクラス中でも一番に見ようと思ってそっちばかり見ていました。
「三浦くんは何かしてあげたいことはある?」と先生が言いました。
 それはぼくの名字だったので、ぼくは空美ちゃんの席ばっかり見ていたので凄く驚いた。それで、みんながぼくの方を見て、もうクスクス笑い始めている。これは、ぼくが先生にさされるといつもモジモジして顔を赤くしてしまうので、みんなそれを期待したりして笑っているのです。ぼくにはそれが恥ずかしいのです。
「何をしてあげたい?」と先生はまた言いました。
 黙って先生を見ると、やっぱりみんな笑う。ぼくは下を向いてしまおうとしたけど、でもぼくは今日はきちんと言えそうな気がした。
「ぼくはちゃんと挨拶をしてあげたいです」とぼくは言いました。
 みんながワッと笑いました。ぼくは自分の考えがそんなに笑われるなぞ思わなかったものだから、自分の考えはやっぱりおかしいんだとわかって泣きそうになりました。あと、じゃあ、もうぼくは空美さんに挨拶をできないと思ってそれも少し泣きそうになった。
 その時、「ドガン!」と上から凄い音がしました。みんなの悲鳴が聞こえて、でもぼくは空美さんの席を見ました。
 空美さんの席のところは、たくさん煙が舞っていて見えませんでした。教室の天井にはぽっかり穴が開いていて、蛍光灯が二本、電気のついたまま垂れ下がっていてぼくは危ないと思った。それから埃が次から次へと落ちてきていた。
 怖がってざわざわしていたみんなも、少ししたら、空美さんが来たんだと思って、違うふうにざわざわしはじめました。
 やっと煙が薄れてきたら、空美さんの席に、ぼくと同じくらいの大きさの、すべすべした肌色の肉の玉みたいなものが、机と椅子の間に挟まって変な形になっていた。そして、うっすら湯気がでていた。
 みんな黙って、そばの人と驚いた顔を見合わせていました。ぼくは前から見たいと思って、席が後ろの方なので、立って見に行きました。近くに行くと、湯気は思ったより凄く出ていてびっくりした。もっと見たら、そのすべすべの肉の玉は、名札をしていて、お肉にじかに針が刺さっていました。名札には「ジョディ・フォスター」と書いてあって、ぼくは違うと思った。
 それから、すべすべの肉の玉の、ぼくから見て向こう側には、少し色の濃い謎の出っぱりがあって、そこに、女子用の赤い習字セットがかかっていて、ぼくは深呼吸すると、
「こんな物体に挨拶なんかできない」と思いました。
 塚くんは消しゴムのカスを投げつけて、女子の中には吐いている人もいました。


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