謎の転校生

 ななな、なんてパワーをしているんだ。番長の放ったパンチは、一発で全てのベビースターラーメンチキン味を粉末にしてしまった。これで、湯をかけて食べるやり方を封じ込められたことになる。
「次はお前がチキンエキスになる番だぜ。謎の転校生」
 番長が指の骨をゴキゴキ鳴らしながら、僕を助けてくれた謎の転校生、岩田君の方へ近づいていった。
 岩田君は、それに対抗するように、うまい棒の中身を指の動きだけでクシャクシャにした。そして、腰をひねって背骨をコキッと鳴らした。さては、最近全然運動をしていないんだ。腰をひねってひねりきった時、僕は岩田君と目が合った。その時、岩田君がウインクをしたのを、僕はサングラス越しに確認できた。
「俺が勝ったら、そいつのサングラスは俺のものになるんだな。謎の転校生よ」
 僕は番長に指さされたので、胸の高鳴りが「はい、すぐ動こう」のタイミングでレッドゾーンへ振り切れた。目は泳いでいたに違いないが、そこはサングラスが遮ってくれた。「命拾いしたな」というサングラスの声が聞こえた気がしたけど、その声はいかにも渋かった。
「勝手にしな。ただし、俺が勝った場合に限り、あのグラサンは俺のものだ。約束だぜ」
「えっ」
 僕がビックリして出した声は、キンコンカンコンのチャイムにかき消された。
「限りってなんだよ」
「無駄口を叩くのはそこまでにしな。心配御無用、俺が勝った場合でも、お前のそのメガネに蛍光ペンで色を塗り、スキーヤーのグラサンのようにしてやるよ」
「ありがとう。本当にありがとう」
 メガネ番長は感謝の言葉を述べると、両手を上にあげて片足をタイのキックボクサーのようにちょいちょい浮かして、武道家的な構えをした。それを見ている僕や、メガネ番長の子分たちは、初めて見る構えなのに、「あ、あれは鶴の構え」と思ったという。
「俺の、このタイガー&ドラゴンのポーズからの攻撃は凄く鋭い。二年前とはまるで別人だ」
 違った。タイガー&ドラゴンのポーズだった。子分たちは拍手した。子分たちが、お前も番長のタイガー&ドラゴンのポーズに拍手をしろ、と圧力をかけてきたので、僕も手を叩いた。
「ならばこっちも、秘伝の奥義を使わせてもらおう。ラーメンで言うならスープ、ウナギ屋で言うならずっと使ってるタレ。我が家に代々伝わる、格闘マシーンの遺伝子なのかも知れないが……ここまで本当に長かった。今のうちにお礼を言っておくぜ、サンキューな」
「あいつは何を言ってるんだ」「俺が聞き逃しただけか。秘伝の奥義はどこいっちゃったんだ」「わからねえ」「でも、見ろ。それを聞いた番長の顔を」「番長があんなに楽しそうな顔をするのは、文化祭でクレープが完売した時以来だぜ」
 確かにメガネ番長はクレープが全部売れてこっちこそサンキューなという顔をしていた。僕はなんだかわけがわからなくなったが、その時、
「お兄ちゃん、どうしていつもケンカばかりするのよ!」
 とやってきた番長の妹が学校一ボインちゃんでメガネっ子ちゃんだったので一目ぼれしてしまい、ますます複雑な展開になってきたが、そっちを見ている間に、謎の転校生岩田君の、秘伝の酔拳のモノマネがいよいよ佳境に入っていた。