最強の男ちびっ子電話相談室

「はい、こちら最強の男ちびっ子電話相談室です」
 最強の男は、東向きの狭い部屋で、長机の真ん中に置かれている電話が鳴ったので、2秒でとった。ものすごい反射神経かと思われたが、そこまで早くない。それは自分でもわかっていた。
「もしもし」
「こんにちは。名前を教えてくれるかな」
「ダイヤルネーム、ウカウカしてるとお前を殺す、です。よろしくお願いします」
「ウカウカしてるとお前を殺す君ね。今日はどんな相談かな」
「最強の男さんは何をもって自らを最強としているのですか」
 最強の男は、一番ご自慢の上腕二頭筋を指でポリポリとかいた。
「挑んでくる相手はじぇったいに皆殺しするし、してきたからだよ」
「こえーよ」ガチャン。
「ウカウカ君? ウカウカ君?」
 最強の男は受話器を置いた。そしてつぶやいた。
「腰抜けマンボが」
 しかし最強の男は、絶対をじぇったいと言ってしまったところをねちっこく突かれたら、今の相談は五分五分の勝負になっていたと思い返した。これからは気をつけないといけない。アメンボ赤いなあいうえお、アメンボ赤いなあいうえお。
 再び電話が鳴り、アメンボ赤いなあいうえおって意味わかんないなと思いながら、最強の男は受話器をとった。
「はい、こちら最強の男ちびっ子電話相談室です」
「もしもし、相談いいですか」
「どうぞ。まず名前を教えてくれるかな」
「電話ネームでいいですか。教えてやろう最強とは何かを、です」
「教えてやろう最強とは何かを君ね。じゃあ、君が僕に、逆に教えてくれるのかな」
「教えてやるっていうか、その身で思い知らせてやるよバカヤロウ」
「じゃあ、ダイヤルネームは、思い知らせてやろう最強とは何かを君なんじゃないの?」
「なんだと……」
 それは最強の男の先制パンチだった。大人のやり方だった。しばらく、電話越しに一触即発のムードがただよった。今、NTTが「あの、俺を挟んで喧嘩するの止めてもらえますか」と言えば一笑いくる。本来なら、それでまあOKだったはずだ、しかしNTTは黙っていた。あと一口の悪口で、最強の名をかけた口喧嘩が勃発してしまう。
「……」
「どうするんだい。教えて、のままでいい? それとも、思い知らせて、に換える? 僕はどっちでもいいんだけどな」
「……」
「……」
「思い知らせて、でお願いします」
「おとといきやがれ!」ガチャン。
 最強の男は、口調をコロリと変えた時点でお前の負けだという顔をしており、渋かった。
 またすぐ電話が鳴った。とる最強の男。
「はい、こちら最強の男ちびっ子電話相談室です」
「ウカウカしてるとお前を殺す、の弟ですけど。別の言い方をするならジュニアですけど」
「質問をどうぞ」
「最強の男さんは、何をもって自らを最強としているんですか」
「挑んでくる相手は絶対に皆殺しするし、してきたからだよ」
「たとえば俺がいったら、殺されちゃうんですか」
「殺すよ」
「じゃあ俺が夜中、こっそり忍び込んだらどうですか」
「そんな卑怯なことしたら殺す」
「卑怯って言われても、命をかけた戦いをするってとこまできたら、卑怯だなんて言ってると死にますよ。あなた死にますよ。俺、夜中にこっそり忍び込んで、あなたを殺しちゃうよ、卑怯かも知れないけど。そこはどう考えているんですか」
「戸締りしっかりしてんだよ。殺すぞ」
「でも、入ろうと思ったら入れちゃうよ」
「入れねえよ。やってみろよ。マンションだぞ。オートロック。管理人も五時までいるからな。ふざけんなよ。絶対やんなよ」
「管理人っていうか、行くの夜中だよ」
「体内時計狂ってんだよ。夜中起きてゲームしてんだよ。返り討ちだ」
「宅急便装っちゃうよ」
「毒ガスまいちゃうぞ」
 最強の男は、大急ぎでエアコンのリモコンを連打して、冷房18℃に設定した。汗だくだった。兄(ウカウカしてるとお前を殺す)の方が口を挟んだのに気づく余裕も無かった。宅急便に、宅急便に装われたら終わりだ。最強の男は、この危機を脱する手段はないものかと頭を振り絞った。脳をエビフライ定食に見立て、エビフライを前頭葉に担当させることで、発想力を開放した。その時、左脳の味噌汁に一瞬、カニが入っているように見えた。つまり、ひらめいたのだ。
「誰か来たから、切るね」
「おいっ」
 最強の男は受話器を置かずに、指で電話を切った。その時、本当にピンポンが鳴り死ぬほどビビッてしまったが、「いやいやいやいや」と洗面所でつぶやいて、ビオレで顔を洗った。思い切って出ると、注文していた大量のマスクが届いた。インフルエンザめ、来るなら来い。