ライドーン

 この二週間、本当によかった。水道水がうまかった、冷たくてな。家の中は暖房無しで暮らしやすく、水道水が冷たいこの季節、11月中旬にサンキュー。そしてアディオス。
「さみーよ!」
 そうシャウトした時、一人暮らしのホストは我を忘れて、大型犬(チャンピーヌ)に飛び乗っていた。もののけ姫を観る前からずっと夢見ていた、犬にまたがって国道を、原付が通るルートを縫っていくこと。自動車をよそに、横断歩道の際の際まで躍り出ること。なんなら少しはみ出すこと。
 一番大切なのは、ローラースケートをはくことだった。犬の負担を少しでも減らしてやること、少しでも滴り落ちる唾液を止めてやること。夢をかなえる時、必要なのはきっとそういうことだったはずだ。おかげさまで、大型犬は、よし犬ゾリよりもずっと楽だという顔をしている。
 ホストが握り締めるのは、客に酒をおごってもらうことで稼ぎ出した、大型犬を飼うとなると少し厳しい月々16万円。これを全てガソリン代にあてる。それはつまり、犬の食料であり、ハイオクを入れようと思うなら、ミネラルウォーターとCMでやっているドッグフード、そして犬用のツマミみたいなものを買わなければならない。何様だ。
 でも、まだ大丈夫。犬まだ大丈夫。見て、この顔、平気の平左衛門だワンというこの顔。ワン・モア・チャンス、ワン・モア・チャンスと叫んでいるんだろ。安心させてくれるぜ。舌にはまだシャンパンの味が残っている。歯磨きはしない方なのだ。客に「口くっせーよ」と言われたこともある(三回)。全てのドン・思い出ペリニオンを名刺入れにしまって、ホストは顔に風を感じながら国道へと飛び出した。
 プップー!
 すぐ鳴らされた。よりにもよってチョロQみたいな車にすぐ鳴らされた。そしてその瞬間、びびった犬がうずくまり、完全にデイズニー映画で見たことある形で、またがっていたホストだけ、ローラースケートで画面から飛び出していった。その速度、時速60km。法定速度を超えている。
「飲ーんで飲んで飲んで、飲ーんで飲んで飲んで……」
 ホストはめちゃ怖かったが、そう口ずさむことで自分を勇気付けた。一見愉快だが、この時ホストは、つま先のなんかでっけえかっこわりいブレーキってどうやって使うの、と自分に問いかけることも忘れるほど動揺していたのだ。そして次の瞬間、犬が野良犬化した。