VS23

 ジッポーを集めている人を馬鹿にする旅から旅の終わりは、早々に訪れた。怒られてしまったのだ。そうだった、ジッポーを熱心に集めている人は、トッぽい奴が多いんだ。でかいバイクに乗りたがっているんだ。でも無免許だから、ジッポーで妥協しているんだ。メタルな期待を一身に背負わせているんだ。奴らをなめてはいけなかった。信吉は目を閉じて、革手袋をはめた手でぶん殴られながら、「蓋閉めなきゃ消えないって頭おかしーだろ」という言葉を飲み込んだ。
 新吉はふと気がついて目を開けた。そこは、なんというか、海の上に切り立った、ドラゴンボールでよく見る円柱状の崖だった。下を見下ろすと、高い高い、こんなに高くなくていーよ、というノリツッコミが自然と口をついた。
「高い高い、こんなに高くなくていーよ。ところで、俺はジッポーマニアにぶん殴られて死んじゃったのだろうか」
「それはわからない」
 声のするほうを見ると、もう一本、崖が何十メートルか先に出来ていた。その上に、筑紫哲也が手をヘソの前に組み合わせて立っていた。
「ぜってー俺死んじゃったよ! わかるもん!」
 新吉は叫んだ。筑紫哲也はいつものようにスーツ姿だが、よく見ると、プライド男祭りの手袋をしている。オープンフィンガーだ。その時、新吉の心には「やんのかこら」と同時に「200%勝てる」という気持ちが芽生えていた。
「二人には、対決してもらう。特にこれと言った理由は無いが、VSの関係になってもらう」
 また新しい声のした方を見ると、今度は、新吉と筑紫哲也のちょうど真ん中のところ、やや上に小島が浮いていた。ラピュタのやり方で浮かんでいるに違いない。その上に、どっかのジジイが腕を組んで立っている。
「特に理由無くてごめん」とジジイ。
「理由もなしに闘えません」
 新吉より先に筑紫哲也が文句を言った。ジャーナリストの魂は死んじゃいない、と新吉は思ったが、よく考えると筑紫哲也に関してあんまり知らなかった。単に久米宏より芸暦が長いキャスターだと思っていた。
「では、このコロッケをめぐって二人には対決してもらう。何を隠そうわしの名前は、コロッケじいちゃんだ」
「いざ尋常に勝負」
 筑紫哲也はコロッケをちらつかせただけで大やる気になったらしく、「よしどっからでもかかって来い」というポーズをとった。空には、格闘ゲームの背景の感じで、いいタイミングで鳥が通り過ぎた。
 こうなったらもう闘うしかないのか、と新吉が思って、確認のためにふとコロッケじいちゃんの方を見ると、コロッケじいちゃんは賞品のコロッケを食べていた。
「筑紫さん、コロッケが!」
 新吉がコロッケの方を指さすと、筑紫哲也もそっちを見た。そして、また手を組んで背筋をただし、顔は多事争論の時の顔になった。
「私たちは、何のために闘うのでしょうか」
 そして、そんなこと言いながら、それでも腕を前に構え直した。闘うつもりだ。そうやってこの人は、どうしても闘わなければいけないと知って闘ってきたに違いない。知らないけど。
 新吉は静かな迫力を湛えたその顔を目の当たりにし、その時初めて、惜しい人を亡くしたと思った。でも手加減しません。新吉は手を前にかざし、エネルギー弾を三つ連続で出した。全部、筑紫哲也のお腹を突き上げるように直撃した。