勝手に改造

 暗闇の中でカニをほじくってキレイに食う大会に参加しているとき、僕の携帯電話が鳴った。
(こんな時にメール、誰だよ。どうせまたTSUTAYAだよ、TSUTAYAに決まってる。ふざけやがって)
 僕は携帯を開いた。母さんからだった。
『おじいちゃんが何者かに改造されました』
携帯を落っことすと同時に、僕は「闇蟹 千葉県予選」を失格になっていた(携帯電話の光でカニを見ようとしたため失格)。


「じいちゃん!」
 僕は、参加者が全員もらえるカニをほじるための道具をポッケに突っ込んだまま、三千万円ほどする家に飛び込んだ。すると、母さんがリビングに、なぜかマスクをして座っていた。
「母さん、おじいちゃんは!?」
「ジェット噴射……」
 とだけつぶやいて、母さんは深いため息をついた。マスクから漏れた息で、メガネが曇り、そして曇りきった。母さんはそれきり黙ってしまった。
 母さんのそんな姿を見てドキドキしながらおじいちゃんの部屋を覗くと、おじいちゃんはいなかった。僕は階段を駆け上がった。と、兄ちゃんが待ち構えていた。
「マサシ、じいちゃんは無事だから心配するなよ」
「どこを、どこをどんなふうに改造されたの」
「見た目でいうと、タオパイパイ」
 あの、ドラゴンボールの。よかった、かっこいい方の改造だった。自分でもどういうわけか、僕はひとまずホッとした。
「さらに、ジェット噴射機能がついているんだよね。母さんが言っていた」
「ああ、そうさマサシ。でもなマサシ、問題はそんなことじゃないんだ、マサシ」
 兄ちゃんの目が不気味に光っていた。こころなしか、喋り方も変になっていた。僕は気が動転してあまり気にしなかったが、やたら名前を呼ばれた気がするぞ。おかしいぞ。不思議だぞ。
「じいちゃんから、孫に小遣いをやる機能が失われたんだ」
 ショックのあまり、僕の瞳孔がクパアッといやらしい音を立てて開いた。しかし、それでも、脳みそは元気に動いていた、頼りになる奴だ。兄ちゃんは小遣いをやる機能と言ったが、おじいちゃんはそんな気持ちで僕に小遣いをくれたんじゃない。孫を思う優しさのバブルがはじけていないだけなんだ。単に、兄ちゃんは恨んでいるんだ。就職して、大人になって、自分は小遣いがもらえなくなったことをうらんでいるんだ。その瞬間、僕の中で2000ピースのパズルが完成した。
「兄ちゃんが……」
 僕は兄ちゃんをビシッと指さした。もしも今、少し反り返った指先から点線を引いたならば、ちょうど兄ちゃんの左の鼻の中へ矢印が突き刺さってしまうことだろう。
「なんだ」
「兄ちゃんがじいちゃんを改造した張本人だな! 本当の目的は小遣い機能を停止させることで、タオパイパイ風に仕上げたのは真の目的を隠すためだ!」
 兄ちゃんは黙って僕を見つめていた。そうだ、絶対そうだ。
「僕の小遣いを……ぶっ殺してやる!」
 僕はポケットからカニをほじくる道具を抜き、振りかざした。兄ちゃんは、落ち着き払って腰を落とした。
「何かにつけて小遣いばっかり貰いやがって……ぶっつぶす、今日こそはな」
 兄ちゃんはそう言って、リモコンのようなものを取り出し、一番大きな赤いボタンを押した。
 その瞬間、廊下の一番奥の突き当たりにあるトイレのドアが凄い勢いでバーンと開き、両足にミニ四駆をつけたうちのおじいちゃんが、取って付けたような弁髪をなびかせて突っ込んでくるのが見えた。僕は、それがお前のジェット噴射か、という気持ちで身構えた。来いよ。