なめていると思われますよ

 先輩が屁をこくと、コウモリが一斉に飛び立って洞窟は大騒ぎ状態になった。先輩は、めんごめんご、とスラップスティックに言いながらなおも先に進んだ。
「先輩、洞窟で屁をこくと、洞窟の神様にバカにしていると思われますよ」僕は言った。
「うるせーよ。お前さっき野グソしてたじゃねーか。うるっせーんだっつの、くっせーんだっつの」
「実はあれ出なかったんですよ。なんかお腹の調子悪くて、オナラしか出なかったんですよ」
「じゃあお前も屁こいてんじゃねーか」
 僕たちはここに来る前、何か赤色を体に塗りたくってすっぱい匂いのする原住民族に「あの洞窟には決して近づくな」ということを繰り返し言われた。僕はかなりビビったが、先輩は楽勝平気だった。先輩は僕と同じ三流大学に所属しているにも関わらず、五級の英検だけで通訳を介して村人と堂々渡り合い、「絶対に行くなよ」「ん、ん」と芋虫を食って生活している人達でさえムッとするほどの生返事をする度胸の持ち主だ。さすが、バイトを一度もしたことがないだけのことはある。先輩は、村をあとにしてすぐ、メントスを食べ食べ、スカした態度で洞窟にやってきたのだった。ぼくは知らない人が飴だかガムだかわからないものを食べながらやってきたら洞窟の神様はお怒りになられると思ったので、水だけで飲みながらついて行った。
 だいぶ奥まできたが、特に何もなく、お目当てのスクープ映像も撮れず、先輩の連れていた犬も最初は慣れない環境にあたふたしていたのが、今ではどうだ、スーパーの前につながれている時の状態まで落ち着きを取り戻している。さっきなんか腹を見せていた。
「先輩、雑種の犬をヒモで連れていると、洞窟をなめていると思われますよ。神様の怒りを買ってしまいますよ」
 先輩は黙っていた。洞窟の奥から突風が吹き、先輩のアロハシャツがバタバタと音をたてた。
「無地のTシャツに着替えないと、南国気分なのかと思われて、神様の機嫌を損ねてしまいますよ」
 先輩はこっちを向かなかった。その時、先輩の足元で犬がにわかに踏ん張ってウンコをした。先輩は少し湯気のたっているウンコを一瞥したが、また奥の方を向いてしまった。
「ふんを持ち帰らないと、洞窟の神様に飼い主としての責任を問われてしまいますよ。早くウンコを片付けないと、なめていると思われます。やばいです」
「お前は何をしにきたんだよ」
 先輩が突然振り向いて言った。犬も同時に振り向いたが、これは偶然だろう。先輩は眉毛を縦横無尽に動かし、とてもイライラしている様子だった。
「俺達は何しにきたんだっつうの。テレビ朝日が腰を抜かすほどのスクープ映像ちゃんを撮りにきたんじゃないのかよ。スクープ映像ちゃんっつうのは、神様さんをばっちりカメラにおさえることだっつってんだよ俺は。お前はさっきから、何ビビってんだっつ、だっつってんだよ。俺が神様さんを連続で連続でおちょくってんのがわかんねえのかよ。不良の抗争のきっかけはなんだ、最終的に番長同士が戦う破目になるそもそものきっかけはなんだよ。下っ端の落書き、ゲーセンでのくだらねえイザコザ、謎の腕っぷし転校生だっつの。俺は今まさにそれと同じことをだっつしてんだっつってんだよ、だっつ! だっつ!」
 先輩は、だっつのところで僕の肩を連続で殴った。それから、腕にかけていたモスバーガーを持ち帰った時にもらえる紙袋を探った。先輩はすべての荷物をそこに詰め込んで現地入りしたのだ。出発前、成田で、あれほど絶対破れますよと注意した僕は、今ではそんなこともガッテン承知之介、という顔をしていた。 取り出したのは、おじゃる丸のトランプ。
「ババぬきやんぞ」
 先輩は配り始めたが、二人分しか配らなかった。僕にはもう全てがわかっていた。神様だけのけ者にする作戦だ。クスクス、クスス。修学旅行でトランプに混ぜてもらえない時の寂しさを、神様に味わってもらおうという魂胆だ(爆)
 その瞬間、背後に気配を感じた僕は、自分でも新記録の勢いで、やったことのない格闘技カポエラの動きで振り返った。そこには、どう見ても神様みたいな奴が突っ立ってトランプを見下ろしていた。その時の僕はとにかくおちょくるんだということしか考えていなかったので、反射的にそばにあった犬のウンコを手に取り、神様の顔にぶち当てた。
「やりすぎ」
 そんな声が、先輩か、神様からか、どこからか聞こえた。そして少し間があってから、視界が一瞬にして真っ暗になり、体を動かすことができなくなった。というか、体があるのかもわからなかったので、もしかしたら僕は死んでしまったのかも知れない。犬のウンコを投げつけたのはやりすぎだった。神様にウンコを投げつけるとどうなるのか、今回よーくわかった。一体全体これからどうなってしまうのか、そもそも本当に僕は死んでしまったのか、と考えて気付いた時には、今テレフォンショッキングに出ているんですという持田香織と電話がつながっていた。