国王と畑中

 気付いたらエイリアンが、顔面すれすれ30センチ、ゲームボーイをやる時のゲームボーイの位置まで近づいていた。
「危ない、畑中!」
 俺の体を、危機一髪のところで国王が突き飛ばした。エイリアンがもの凄い勢いで俺のぬくもりを通過した。
「痛ェ、なにすんだやめろよ!」
 俺は助けられたことがわかったのに、突き飛ばされて思わず国王を怒鳴りちらしてしまった。「急に、やめろよ!」国王は本当に驚いていた。
 しかし、国王が驚いてるそこにエイリアンが襲い掛かった。国王はなんとか、急なブリッジでエイリアンをかわした。
「逃げろ、畑中!」
 腰が浮いた体勢で、0.5秒前にその下をエイリアンが通過したばかりだというのに、国王は顔だけ俺の方を向いて叫んだ。しかし、エイリアンは壁に激突すると、その反動ですぐさま襲い掛かった。
「国王ォーーー!」
 俺は叫んだが、エイリアンはまた国王の浮いた腰の下を再度くぐり抜けた。
「今のはおかしいだろ!」俺は指をさして叫んだ。「そんなことにはならないだろ!」
 すぐさま、俺はそんなエイリアンの上に立つような目線でものを言って指までさしてしまって、そんなことをしたらエイリアンが怒ってしまうと思ってやらなきゃよかったと思った。
「畑中、お前だけでも逃げろ! 地球を、頼んだぞ!」
 国王はブリッジを解き、手を上に伸ばして頭の上で指先をあわせて体も伸ばし、壁に向かってゴロゴロ転がっていきながら言った。
「地球のことは知らねぇよ! 何言ってんだよ! じゃあ逃げてるからね!」
 俺はそう叫ぶと、ドアを開け、閉め、廊下を走った。しかし、すぐに立ち止まった。やっぱりダメだ。最後の台詞に対して、何言ってんだよなんて言っちゃダメだ。気づくと、俺は踵を返して走り出していた。靴の裏についたローラーで滑り出していた。
 バタン!
 俺はドアを勢いよく開けた。国王はまだ生きていた。
「畑中、どうして――」
 国王が俺を見た。しかし、その隙をエイリアンが見逃すはずはなかった。見逃すはずないかどうかとか、そういうエイリアンの能力とか機転の良さとかは今日初めて見たので知らないが、とにかく見逃さなかったのだ。エイリアンが国王の背後から、「そこなんて名前?」という鋭利な突起を突き出して、迫っていた。
「国王、後ろ!」
 俺が叫ぶと同時に、国王も振り向いた。そこには、目の悪い子供のゲームボーイの位置にエイリアンが。
「国王ォォォォ!」
 しかし、国王はキャイーンの動きでそれを間一髪かわした。エイリアンは勢いあまって、加湿器の加湿が出ている部分にわからない鋭利な突起を突っ込んだ。するとなんと、エイリアンは奇声をあげながら、そのわからない鋭利な突起部分から徐々に溶け始めた。そして、完全に溶けるまで俺たちはなんとなく見ていた。
 危機を脱し、俺は国王を見た。国王は驚いたような顔で笑っていた。まさか加湿器でエイリアンが溶けるとは思わなかったのだ。だいたい、さっきまで加湿器はついていなかった。つまり、国王がスイッチを入れたのだ。空気が乾燥する中で激しい運動をするとノドが痛くなるからという理由で戦いの最中に加湿器を入れる落ち着きに、勝利の女神が微笑んだのだ。俺はその勝利の女神の笑顔は、ちょっとウケ狙いの要素があってマチャミみたいなムカつく顔に違いないと思った。
 そのとき、部屋の電話が鳴った。俺は電話をとった。
「もしもし、エイリアンを送り込んだ張本人だけど」
 それを聞いて、俺は国王をチラリと見た。国王は神妙な顔でうなずいたが、何を言いたいのかよくわからなかった。でも俺もうなずいた。
「何の用だ」
 俺は言った。相手は黙っていた。
「何の目的でエイリアンを送り込んだんだ。張本人め」
「ワレワレの目的は――」
「宇宙人?」
「……」
「もしもし?」
「……」
「もしもし、もしもし!」
「もしもし、宇宙人だけど」
「どうしてエイリアンを送り込んだんだ。お前らの目的はなんなんだ」
 宇宙人は答えなかった。受話器から聞こえてくる空気の音も、こもったようになった。しばらくして、やっとそれが通じたような音になった。
「口じゃ説明できない」
「口で言えないことならやるなよ。こんなに宇宙は広いのに、UFOは素晴らしいのに、どうしてこんなことをするんだ。俺は君達のUFOのデザインにすごく憧れていたのに、本当にがっかりだよ」
「ごめん」
 俺はそれだけ聞くと、受話器を置いた。すぐさま電話がかかってきた。俺はすぐ取った。
「なんだよ!」
「ありがとう」
 宇宙人はそれだけ言って、電話を切った。後日、俺の家にUFOのカレンダーが届いた。