コウイチ、宿題は終わったのか

 両親が食事をしていると、コウイチが食卓に降りてきた。
「コウイチ、宿題は終わったのか」と父親。
「全部解けるまで、夕ご飯はお預けのはずよ」母親も言った。
 コウイチは椅子を引いて腰を下ろすと、箸を持ち、味噌汁の椀を持ち上げてすすった。ご飯も一口食べた。すると、立ち上がって戻っていった。
「コウイチ、ということは、一問やったんだな」
「早く済ませてしまいなさいね」
 コウイチは黙って階段を上がっていった。
 それから、両親の食事が終わったころ、またコウイチが降りてきた。今度は、トンカツを一切れ食べた。そして、ご飯を一口、二口。さらに、味噌汁の椀を持ち上げたが、少し考えて下ろした。
「そうだ。コウイチ、さらに二問やったぐらいじゃ、そこまでだ」
「そういう計算だって、勉強なのよ」
 コウイチは立ち上がって、また自分の部屋へと向かった。が、振り返ると戻ってきた。食卓を通り過ぎ、両親の方を見ながら戸棚を開けた。そして、恐る恐る、中に手を入れた。そこで動きを止めて、また両親の顔色をうかがうコウイチ。
「コウイチ、お菓子だからっていいことないぞ。お菓子はOKだなんて、誰が言ったんだ」
「お母さんは情けないよ」
 コウイチは戸棚を閉め、うなだれたように歩き出した。しかし、冷蔵庫の前で立ち止まった。そして、突然、冷凍庫を開けた。
「アイスもダメだ!」父親が叫んだ。「どう考えたらアイスがOKになるんだ!」
 コウイチは動きを止めず、手を突っ込んだ。
「コウイチ!」父親がなおも強く言った。
 しかし、その声と重なるようにガラガラという涼しげな音が聞こえ、振り返ったコウイチは、勝ち誇ったような顔で氷を手に何個も持っていた。それを見せつけるように、右手を差し出した。
 父親は何も言わず、それを黙って見ていた。母親は、心配そうに父親の判断を待っていた。果たして氷はOKなのか。あれを崩せばカキ氷になるが、そういうことも関係してくるのか。コウイチは毅然とした顔で、氷を左手に持ち替えた。冷たいのだ。
「母さん、皿を用意してやりなさい」父親が言った。
 母親が皿を出し、コウイチはそれに持っている氷を乗せた。コウイチは皿に乗った氷をじっと見つめてから、何か考えていた。ちらりと食卓のトンカツを見た。
「それを食べて、早く宿題を終わらせるんだ」
「くれぐれも食べ過ぎるんじゃないよ。もうご飯なんだからね」
 コウイチは氷の乗った皿を持って部屋へと、階段をあがっていった。
 十分後、空になった皿を持ってコウイチが戻ってきた。両親が黙って見つめる中、コウイチは皿をシンクへ置くと、席に座った。そして、一口、さらに一口、そして猛然と食べ始めた。
「ああ、コウイチ!」母親は歓喜の声をあげた。
 コウイチはすごい食欲で食べた。顔を上げなかった。コウイチがものを食べる音が響いた。そして、コウイチは空になった茶碗を母親に向って差し出した。母親は喜び勇んでそれを受け取り、炊飯器へと向った。
「コウイチ、お前、やってないだろ」父親が言った。「一問もやってないな」
 母親が振り向いた。コウイチはおかわりした時に備えて残しておいたトンカツを三切れ、口に次々と放り込んだ。口をぱんぱんにして、さらに欲張って前歯と唇の間に漬物をあせって詰め込んでいるコウイチを見て、母親は震えだし、どうしようもなく涙を流し始めた。お母さんは情けない、情けないよコウイチ。