そんなの当たったら普通に危ないけど大丈夫だって

 マサトの前髪はすでにガチガチで、まっすぐ上を向いている。ヘアスプレーの残量は、フィーリングでいうと、かなり来るところまで来ている。なんとなくピチャピチャいってる。マサトはスプレー缶を振って前に進みながら、次の狙いを定めた。
「林、お前だ!」
 マサトはスプレー缶を林めがけて投げつけた。缶は回転しながら林のもとへ。林は運動神経がいい方ではない。ヒットだ。はい当たった。オッケーナイスナイスナイスマサト……
 ドスッ。林はお腹のところでスプレー缶を受けたが、なぜか手は上にあげたまま、落ちていくスプレー缶を太ももで器用に挟み込んだ。そして、「はい」という感じで、手をあげなおした。林が、取ったのだ。
「すげえぜ林!」相手チームの仲間がすぐさま駆け寄る。
「なんだと!」マサトは余裕こいて投げた瞬間後ろを向きどこかへ去っていく動きをみせていたが、騒ぎに気づいて振り返ると、叫んだ。
 肩をたたかれている林は、普段はおとなしい子とは思えないほど挑戦的な目で、クラスの中心人物であるマサトを見た。
 そして、林からスプレー缶を受け取った相手のキャプテン藤原が前髪にスプレーを向ける。
「これで、俺の前髪がセットされる。そして、量からいって、おそらくこれが最後のスタイリングだ」
「うるせえ、さっさとやりやがれ!」
 シュー!
「1、2」
 シュジュー! ジュー!
「3、4」
 ジュジュジュボ、ジュボボ!
「5、はいストップストップ!」
 スプレー缶がおろされると、藤原のおでこがむき出しになっていた。
「う、うめえ……」マサトのチームメイトの一人がつぶやいた。
 5秒間の短いスタイリングタイム、そして残り少ない内容量で、あの前髪の逆立ち具合。やはり藤原、只者じゃねえ。くやしいが、小四でワックスをつけてくる男はやはり違う。ワックスときいてオレンジ色のみんなで床に塗るやつしか思い出せねえ俺たちとは、鏡の前に立っている時間から違うんだ。あいつは本屋で、ファッション雑誌のある棚にまっすぐ歩いていけるに違いない。姉ちゃんか、年の離れた姉ちゃんの影響なのか。
「さあ、最終結果の発表だ」藤原が言った。
 全員、コートの中にいる男たちの前髪を確認した。
「まず、ザ・藤原ーズ・ザは……?」藤原は言いながら手を上げ、自陣を見回した。
 まず藤原の髪が逆立っており、1。そして須賀の髪もバリバリだ、つけすぎだ、これで2。そしてさっきナイスキャッチの林も、すごい毛束感、前髪が二つになっている、3。さらに藤堂もおでこが見えているが、これはどうだ。先週の水曜、クラブ終わった後の放課後の教室でみんなで考えたルールによると、横から見てスネ夫みたいでなければOKだ。そして、これは……スネ…夫……
「じゃないな」マサトは正々堂々と言った。「スネ夫じゃない。セーフだ」
「ああ、うちは4人だ」
 ザ・藤原ーズ・ザでコート内に残る一人、平野は前髪がおでこを覆い隠していたが、腕組みをしてニヤニヤしていた。いつもこんな風にしていて、先生に怒られるのだ。
「一方我がティーム・マサトは」マサトも振り返って、自陣の仲間を確認する。ずいぶん沢山残っている。
 まず、マサトがOK、まず1。そして友部、こいつはもともと髪の毛が逆立っているが、それでもスプレーしたのでゴワゴワになっている、これで2。そして坊主の小林、こいつを取ると無条件で1ポイント手に入る、3。しかし、残りはおでこが見えていなかった。嘘だ、おでこが見えているやつが狙われて外野にいったとしても、もっといるはずだろ。マサトはあせって、残りのチームメイトを確かめるようにゆっくりと見ていった。見始めた時、コートのはじにいるアホの宇治川が目に付いた。アホの宇治川はいつものように前髪のあたりをボリボリかいていた。
「マサト、うち勝った!? オレ入れた!? どうだった!? やばい!? やばい負けたかな!?」
 アホの宇治川のオレの発音のアクセントは「オ」のほうに置かれている。アホだからだ。その隣では、関が汗だくで寝転んでいた。前髪が立っているどうこうより、汗で貼り付いている。しかし、こいつはもともとスプレーしていない。宇治川はしている。でも、すぐボリボリひっかいて元に戻してしまう、アホだからだ。
 それでもマサトは悔しくなかった。自分たちで考えた遊びで盛り上がっているだけで嬉しい年頃だったし、夏休みだったし。