僕の二の腕の嵐

 次々と、イレズミをした男達が僕の横を通り過ぎていく。あまり次々と通り過ぎるので、僕は誰がどう見ても邪魔になっている。男達が向かう先には、飲み物をもらうコーナーがあるのだ。
 僕は男達のむき出しの腕を観察する。当然、イレズミがお目当てだ。僕はそのイレズミを心の中で、はい次はい次、ワンツー、ワンツーのペースで確認していく。なるへそ、すごいイレズミを彫っている。でも、僕にだって、ここにいる権利はあるのだ。僕はここにいるぞ、と、来月誕生日だぞ、と、その存在を小さな体で力いっぱい叫んでる僕。僕はシャツの袖から手をいれ、自分の二の腕の『嵐』と書かれたイレズミをそっと撫でる。僕だって、負けていられない。いつもの僕じゃいられない。
「うおおおおおおおおお!」
 僕は叫び、お母さんに買ってもらったシャツを腕まくりした。イレズミをした男達の怪訝な顔と顔、鋭い目と目、鼻ピアス。僕はそこに見せ付けるように、さらに限界まで腕まくりした。
 すると、上半身裸の、凄い迫力の風神雷神のイレズミを背中いっぱいに彫った男が後ろ歩きで近寄ってきた。
「お坊っちゃん、さっさと帰って夏休みの宿題でもやった方がいいんじゃないか」
「なんだと」
「そんなちっぽけなイレズミで、俺に勝てるかな」
「気持ちで負けない、それが僕のいいところだ!」
 その時、別の男の声が聞こえてきた。
「フフフ……迷子のお子様が一名いるようだな……」
「お、お前は」
 僕はその男を見つめる。その男は、一枚一枚、服を脱ぎ捨てながら近寄ってくる。その体には、『世界ナンバーワン』というイレズミが沢山の部位に、様々な大きさで彫られている。二の腕はもちろん、背中にも、下にいくにつれてだんだん小さくなっていく『世界ナンバーワン』の文字。太ももの内側にも、『世界ナンバーワン』と斜めに彫ってある。
「俺がナンバーワンだ」
「ナンバーワンはおいどんたい!」
 その野太い声は、『世界ナンバーワン』の男の声を掻き消すようにして響いた。僕も含めて、全員がそちらを振り返った。
 そこにいた男は、全員に注目される位置まで出てくると、まず、学ランの右の袖を引きちぎった。そして、ゆっくりと一回転した。そこには『ひとつ人より力持ち』と、やわらかい書体で彫ってあった。そして次に、左袖を破り取って一回転、『ふたつふるさと後にして』とある。そして、学ランのボタンを引きちぎるようにして胸をあらわにすると、そこには『花の東京で腕試し』の文字。そこでしばらく動きが止まり、これで終りかと思ったが、郷ヒロミの動きでシャツを肘まで下ろし、クルリと振り返った。そしてその男は、その背中に彫ってある言葉を自分でも叫んだ。
「みっつ未来の大物だ〜い!」
 その声は、だ〜い、だ〜いと何度も響き渡った。僕はあまりの迫力に言葉を失ったが、その耳に、笑い声が響いてきた。
「ハッハッハッハッハ!」
 その高らかな笑い声がどこから聞こえているのかしばらくわからなかったが、やがて、誰か地震に一番先に気付くタイプの人間が叫んだ。
「上だ!」
 上を見ると、巨大シャンデリアの上に、ピンク色のホットパンツを着た黒人がしゃがみこんで、こちらを見て笑っていた。
「何者たい!」
 『大ちゃん数え歌』の男が叫ぶと、黒人はシャンデリアからヒモ無しで飛び降りた。そいつが着地して膝の間に頭が入り込んだ瞬間、僕はそいつが黒人でないことがわかった。
「あ、あ、あ、あれは!」
「今頃気付いたか。そうさ、これが全部、スコーピオンさ」
 その男は、サソリをいっぱい服にくっつけて平気な顔をしている女のあの感じで、サソリのイレズミを体全体にびっしり彫りこんだのだ。誰もが、そのアーティスティックな絶妙の仕上がりに絶句した。
「この毒にやられないうちに帰ったほうが身のためだぜ」
 それでも、『世界ナンバーワン』の男は、気後れせずにイレズミを見せた。それに感化されるように、『風神雷神』の男も背中を見せる。『大ちゃん数え歌』の男も、太ももの『歌:天童よしみ』という新しいイレズミを見せた。僕も、シャツを脱ぎ、二の腕の『嵐』を突きつけた。
 その時、マイクスタンドを持った男が、会場の前面にある壇上に出てきた。誰もがそっちの方を見て、静かになった。男はマイクを軽く叩いてから、話し始めた。
「静粛に。ただ今から、会長から挨拶がある。ありがたく聞くように」
 すると、恰幅のいい老人がマイクのところまで歩いてきた。そしてマイクの前に立つと、大きく息を吸った。その音が、スピーカーを通して僕達の耳に入った。
「イレズミを、消したいかーー!」
 うわあああああああああああああああ! 僕達の誰もが飛び上がって、会長に応えた。
「後悔、してるかーー!」
 うわあああああああああああああああ!
「後悔してます! 消したいです、イレズミを消したいです!」
 僕も力の限り叫んだ。隣では、『世界ナンバーワン』の男がぴょんぴょん跳ねながら、「心から消したいです、銭湯行きたいです!」と叫んでいた。
 この中で、特殊な闇の技術によってイレズミを消してもらえるのはただ一人だけ。その一人になるには、福本伸行が考えた様々なゲームに勝ち抜かなければならないのだ。僕の心は静かに燃えていた。