蔵出しヒーロー、ライムライダー

 今週も、いつもの公園でライムライダーとブレンディデビル団がいざこざいざこざしていた。
「ビチョビチョだよっ」
 怪人は、覆面をした男がビニール袋から出した野菜を受け取ると、間髪いれずに言った。その声は、ライムライダーの耳にも届いた。怪人は緑色の球状になった葉っぱ野菜を両手に、なるべく体から離すように持ち、上下に動かした。
「ふっふっふ……ライムライダー、今日こそ、どっちがキャベツかあてることが出来るかな」
 ライムライダーは、驚いたように半歩後ずさりすると、子供達の方をチラリと見た。
「ライムライダァー! 助けてェー!」
 子供達は、覆面をした男達に押さえられ、刃物を突きつけられていた。しかし、そのぐらいでは刺されないことを知っているので叫んだ。
「ライムライダー、さあ、答えてみろ。どっちがキャベツだ」
 ライムライダーは冷たく光る仮面の下で、ボソッと言った。
「右」
 怪人は怒ったような顔になった。
「ライムライダー、卑怯者め。俺が、先週と同じ手を喰うと思うか。誰から見て右とか左とか、今日こそきちんと明言しろ。右手に持っているのがキャベツとか、そういうふうにちゃんと言うんだ。そうじゃないと相手には伝わらないよ」
 ライムライダーは舌打ちすると、上を向いて首をボリボリ掻いた。ライムライダーの白い手袋は、しょっちゅう色んなところを引っかくために、もういっそ指先のところを切ってあった。あまり引っ掻くと痕が残ってしまうと心配して、左手は穴を開けていなかった。
「ライムライダァー!」
 子供達はもう一度、力の限り叫んだ。
 ライムライダーは、すぐに子供達の方を、凄い勢いで向いた。敏感な子供達は、目のところが黒く光る仮面越しにも、ライムライダーがイライラしていることがわかった。子供達は、三日前、喫茶店に呼び出された時のことを思い返していた。
『なんでいちいち捕まってんだよ。ガキはおとなしく家にいて遊んでりゃいいのに、なんで外出て捕まってんだよ……? わざとやってんだろ。わざと外で、公園でPSPやってんだろ。あんなの家でできるもんな、そうだろ? どうして俺に迷惑をかけんだよ……クソガキどもが。なんだその目は。バカにしてんだろ。お前らだって、キャベツとレタスの区別つかねーんだろ、どうなんだよ。おい、ブタ、藤田! お前も俺の立場になって、怪人に面と向かって、どっちがキャベツとレタスか聞かれてみろよ。バカにするだけなら誰にだって出来るんだよ!』
 ライムライダーは待ち合わせの時は人間の姿だったのに、トイレに行って帰ってきたら変身していて、それから当り散らし始めたのだった。そして突然席を立つと、自分の分の会計もせずに、飲むだけ飲んだアイスコーヒーを残して喫茶店を立ち去ったのだった。
 ライムライダーは、子供達の方を向いたまま、おもむろに仮面になっているヘルメットを脱いだ。いつものようにヒゲを剃っておらず、噛み煙草を噛んでいた。
(キャベツ、どっちだ)ライムライダーはしんどそうに顔をゆがめながら声に出さず口だけ動かした。(教えろ)
 子供達にも、子供達を押さえている覆面の男にもそれがわかった。ライムライダーの口から、噛み煙草の葉がこぼれ落ちた。
(教えろ)
「おい、カンニングしたらダメだぞ!」怪人が注意した。「カンニングしたら、子供達を、殺すぞ!」
 しかし、ライムライダーは因縁をつけるような顔で口パクを続けた。
(どっちだ)
「お前ら、教えたら殺すぞ!」覆面の男が、子供の首を締め上げ、刃物を更につきつけた。
(わかんねーんだろ、役立たずが)
 子供達はしばらく黙っていたが、ライムライダーが股のところに手を突っ込んでボリボリやりながら口パクでそんなことを伝えてくるので、お転婆なマヤが怒ったように叫んだ。
「本当に殺されちゃうでしょ!」
 場が静寂に包まれ、怪人もライムライダーの方に近づいてきた。それでも、ライムライダーは口パクを続けた。
(死ね、教えろ)
「今、死ねって言っただろ!」太った藤田コウヘイもマヤに同調して叫んだ。
 ライムライダーは一転、口を閉じて無視した。
「おい!」コウヘイは歯をむき出しにして叫んだ。
 ライムライダーは唇を上下に離してかみ合わせた歯をさらし、子供達の方に細い目をやっていた。途中で、仮面になっているヘルメットを手放すように地面に落とし、首をゴキゴキ回すと、マントで首筋の汗をだるそうに拭いた。
「お前は最低だ!」コウヘイはこれまでで一番大きい声で叫んだ。
(死ね)
「おい」怪人がライムライダーの後ろから声をかけた。
 ライムライダーはうるさそうに振り向くと、口の中にたまったヤニを、そばにあった揺れるキリンの遊具に向かって吐いた。怪人は一瞬そっちを見ていやな顔をしたが、すぐにライムライダーを見た。
「味見するチャンスをやる」怪人は、キャベツとレタスを突き出して言った。
 その時、ライムライダーが体を翻して沈み込んだかと思うと、次の瞬間には短い鉄パイプを手にしていた。一瞬にして、腰にさしてあったものを抜き取っていた。それを両手で持って思い切り斜めに振り、手のふさがった怪人の腕のところを殴りつけた。
 怪人はうめき声をあげて倒れた。濡れていたレタスには土がつき、キャベツは鉄パイプの衝撃で遠くまで転がった。
 ライムライダーはそのまま鉄パイプを振り上げ、一度ブランコの周りの柵に思い切り叩きつけ、それから、子供達と覆面の男達の方を見た。そして俯き加減になると、ジョギングするように子供達の方に向かって走り出した。
 覆面の男達は子供達を抱えたまま全力で逃げ、手のあいているものが警察を呼んだ。