ハルヒロってなんでも知ってる

「だから俺言ってやったのよ、混んでるとこで腕振って歩くんじゃねえって」
 ミチコはハルヒロの話をうんうん首を縦に振りながら聞いていた。ハルヒロの話って本当にいつもためになる。うんうん、混んでるところで腕振って歩いたら迷惑だよね。本当そう。前の人の振ってる腕が、私のお股のところに当たりそうになったり、するよね。
ハルヒロの話ってどうしてそんなにためになるの」
「俺は常時、アンテナを立ててるわけよ。そして受信した情報について暇な時間を使ってひとしきり考えるわけ。例えばミチコお前な、部屋の模様替えとかすんだろ」
「するする」
「でも、せめえだろ。お前の部屋、ベッドだけじゃなくてソファとかあるし」
「狭い」
「そこで、なんでせめえのか考えるわけよ」
「考える」
「なんでせめえ?」
 ミチコは考えた。なんで私の部屋、あんなに狭いんだろ。でも、広くない部屋にあれだけ家具を置いたら狭いのは当たり前だし。だから、狭いから狭いみたいな、そういうことかな。
「狭いから?」
 ハルヒロはピザを口に入れ、クチャクチャと長い間噛んだ。そして、一分間噛み続け、ウーロン茶でようやく流し込んだ。そして、ミチコの方を見た。
「お前、ほんとかわいいよな」
「え?」
「でも、俺はこう考えるわけよ。どう模様替えしても窮屈になる場合、ソファをテレビの前に置くのをあきらめたらどうか」
 ハルヒロは喋っている間に一度視線を外し、言い終わると同時に、挑むような、でも余裕たっぷりの目で、下から見上げるようにしてミチコを見た。
「う、嘘……」
 ミチコはハルヒロの視線にドキッとしながら、なんとか言った。それから、今ハルヒロが言ったことについて考えた。ソファをテレビの前に置かないなんて。じゃあ、なんのためにソファを買ったの?
「やってみ? まじ広くなるから」
「でもそしたら、うたばんとかソファで見れないじゃん。私、そのあとのとんねるずのみなさんのおかげでしたもソファで見るんだよ」
「別にいいんだよ。なんでも、笑点でもためしてガッテンでも、実際、ソファで見なくても平気なんだって。お前は平気なの。テーブルはあるんだし、床に座布団しいて見りゃいいんだよ。ソファをテレビの前に置かなくちゃいけない、その間にはテーブルがなくちゃいけないって強迫観念が、部屋のスペースを蝕んでるわけよ。それは、ソファとテレビとテーブルっていう、一つのでかい家具があるのと変わらないわけよ」
「キョウハクカンネンって何?」
 ハルヒロはタバコに火をつけると、ひと口吸い込み、猛烈にむせた。テーブルに肘をつき、下を向き、二分間ほど咳き込み続けた。
「大丈夫?」
 カーッ!
 ハルヒロは痰を鳴らし、それを口の中でもぐもぐ動かしたまま顔を上げた。
「お前、ほんと名器だよな」
「え?」
「だから、今日帰ったら、早速模様替えして、座布団しいて、テレビ見てみ。水戸黄門でもなんでもいいけど、見てみ。全然いけっから」
「うん、水戸黄門は見ないけど」
「そうか」
 会話が途切れ、ハルヒロは立ち上がった。
「はばかりさん」
「うん」
 ミチコは、一人で行ける? と言おうとして止めた。
 腰が曲がってテーブルと同じ高さに頭があるハルヒロがフラフラとトイレに向かうとすぐに店員が「大丈夫ですか?」と声をかけたが、ハルヒロはそっちを見ることもせず、「っせえよ!」と叫んで杖を店員の方に一瞬だけ振った。あまり大きく振ると、支えが無くなって倒れてしまうのだ。ミチコはそれを見て、昨日、駅で電車を待っていたら酔っ払いに「おい、ヤリマン準特急!」と罵られたことをなぜか思い出し、なんで準特急なんだろうと思った。ハルヒロが戻ってきたら聞いてみよう。ハルヒロってなんでも知ってるから。