ビンゴビンゴ!

「ビンゴ、ビンゴ!」
 まだ始まったばかりなのに、既にビンゴマンは上の人にこってりしぼられる可能性100%だった。ビンゴマシーンから出てきたボールに書かれた数字を読み上げるためだけに変身したビンゴマンは、右手にベル、左手に景品のプレステ3の箱を持ったまま、迫ってくる怖いおじさんにうろたえていた。
「ビンゴ、ビンゴ!」
「え……あの……」ビンゴマンの髪の毛はヘルメットの下で味噌汁で食べ残したワカメのように頭皮にへばりついていた。
「ビンゴビンゴ!」怖いおじさんは、穴の開いた、裏側から見るとベロベロなビンゴカードをビンゴマンのゴーグルの前で激しく振った。それが横切って触れるたび、ビンゴマンのゴーグルがカツカツと音を立てた。
「あの……」
「ビンゴだよ! ビンゴ!」
 ガランガラン「景品は…………プレステ3だぁぁーーー!!!」ガランガラン
 ビンゴマンはベルを振り上げて、プレステ3を怖いおじさんに渡した。会場から拍手が起こった。おかしい。絶対におかしいよ。まだ7個しか開けてないのに、もう4人目だ。おかしいよ。絶対おかしい。
 ビンゴマンは気を取り直して、ビンゴマシーンをまわした。ボールが出る。
「さぁ〜て…次なる番号は……」ビンゴマンはボールを手にし、見る。そして、顔を上げ、天高くボールを掲げる「73だ!」
「ビンゴビンゴ!」
「ビンゴ!」
 口から飛び出したスルメを噛んでいたおばさんとタバコを吸いながら両手でビンゴカードをいじっていたおじさんの夫婦が、揃ってビンゴの紙をブリブリ手元で振りながら席を立つのがビンゴマンに見えた。
「ビンゴビンゴ!」
「ビンゴ!」
 二人は前に出てくると、ビンゴカードを上下に振り、ビンゴマンのあごの辺りに突きつけた。
「あっ、ちょっと」
「ビンゴ!」
「ビンゴ、ビンゴ!」
「すいませんちょっとカードを見せてもらえ――」
「ビンゴビンゴ!」
「すいません」
「ビンゴビンゴ! ビンゴ!」
「ビンゴおいコラ、ビンゴ!」
ガランガラン「出たぁー! これが奇跡の夫婦(めおと)ビンゴだぁーーーー!!」ガランガラン
 会場からはそれを祝福する大きな拍手が起こった。おじさんとおばさんは会場の方を振り返って、両手を振って答えた。
ガランガラン「そんな奇跡の幸せカップルには……電動ヒゲソリと足湯のなんか家で出来るやつをプレゼント、お幸せにぃーーー!」ガランガラン
 更に大きな拍手がわき起こり、景品を持った二人はそれを高く掲げた。
 ビンゴマンは汗がたまってきたゴーグル越しに、喜ぶ二人の後ろ姿を見ていた。絶対おかしいよ。あいつのビンゴカード、10個ぐらい穴開いてるよ。8個発表して、10個あいてるのはおかしいよ。絶対おかしいよ。リーチもしてなかったし、絶対おかしいよ。
 次のボールの数字を発表すると、4人がビンゴし、次では一挙13人がビンゴした。
「ここで出たのは……34だぁーーーー!」
「ビンゴ、ビンゴ!」
「えーっ何番? 今何番だって!?」
「ビンゴビンゴ!」
「ビンゴの方は前へどうぞぉーーーー!」
「ビンゴ、ビンゴ、ビンゴ!」
「おい何番だよ! 何番!?」
「あっ34です、34だぁーーーーー!」
「34!? ビンゴビンゴ!」
 そんなこんなで11個めの数字をビンゴマンが読み上げた時には、ほとんどそこにいる全て人々が立ち上がり、ビンゴビンゴと叫びたてた。「ビ!」と「ゴ!」の濁音で会場は埋め尽くされた。「ン」は飲み込まれ、ビンゴをしているだけなのに8人の迷子が出た。
「ビンゴビンゴ!」
「ビンゴ!」
「はいビンゴビンゴ!」
「ダブルビンゴダブルビンゴ!」
「ビンゴ、ビンゴ!」
「ビンゴビンゴ!」
ガランガラン「売店の、ソフトクリーム無料券をプレゼントォーーーーー並んで並んで一列に並んで!」ガランガラン
「ビンゴビンゴビンゴ!」
「完全にビンゴ!」
「今日もビンゴ、明日もビンゴ!」
 どうせ全員に当たるソフトクリーム行列がなくなると、もう景品は無いし、その割にビンゴマシーンにはまだボールが詰まっているし、声も嗄れそうだし、ビンゴマンは膝を突いて倒れた。それを、いち早くタダ券を使って手にしたソフトクリームをペロペロなめている子供や大人が周りを取り囲んで見つめた。時間が経つにつれ、ソフトクリームをなめて取り囲む人々は増えていった。スクランブル態勢のソフトクリーム売り場では、普段はそんなことしないスーツの人もソフトクリームをウネウネさせて、ここにくるまでそれなりに苦労してきたことを示した。
 取り囲まれたビンゴマンはしばらく倒れ伏していたが、マイクを握りなおすと、なんとか顔を上げ、厚い人垣の最前列を形成する子供の前まで這っていくった。子供たちは全く動じず、ソフトクリームをペロペロしてビンゴマンを見下ろしていた。
 ビンゴマンは、広い天井を見上げて言った。絶対おかしいよ。こんなの絶対おかしいよ。やり直すべきだ。ビンゴマンは勇気を振り絞った。
「二つ目の数字でビンゴしてハワイ旅行を持ってった絶対ヤクザの人、まだいますか?」
 その時、すぐ目の前にいた一人のガキンチョがソフトクリームを頬張った瞬間に咳き込んだ。飛んだ大きな塊がビンゴマンのゴーグルに落ち、その視界を完全に遮った。ビンゴマンはそれがソフトクリームとは思わなかったので、あんなことを言った直後だし、かなりびっくりして同時に気を失った。それっきり動かないビンゴマンを見て全て終わったことを悟ると、人々は嘘の穴にまみれたビンゴカードのそれでもまだ開けてない穴を、だからなんだというわけでもないのに全部開け始めた。