僕たちの燃える社会道徳


……一つ一つに、生まれもった顔、というのがあるんですよ……




……僕はその通りに描くだけというか。だから、厳密に言うと、描かせられているんですよね……




……それは、人生と変わらないと思うんです。沢山の人と出会って、そのかけがえの無い出会いが、その人の表情や、奥底の感情を表に出させる。でも、それはもともとその人に備わっていたものなんです。僕はそう考えてます……




「廊下に立ってなさい!」
 先生は、道徳の授業中に、手をあげて発言したキョウヘイ君に向かってそう言った。キョウヘイ君は「太郎君の発言は筋が通っている。そもそも自分の意見を言っただけなのだし、それでクラスメイトから嫌われるのはとてもおかしいと思う」と言っただけで、本当に廊下に立たされてしまった。
 授業が再開しても、僕たちは、廊下側の窓から見えるキョウヘイ君の後姿ばかりを、ちらちらと見ていた。その様子を見た先生は、いきなり、持っていた道徳の教科書を、掲示板の『元気なあいさつ』と書かれた紙に投げつけた。僕たちは息を呑んだ。先生はつかつかと歩き出し、教室の中から、キョウヘイ君の背後に立つと、窓を開けた。驚いて振り返ったキョウヘイ君は、その髪の毛をひっぱりあげられて、無理やりこっちを向かせられた。
「あれを読め!」
 先生は、キョウヘイ君の顔を横向きに、窓枠の下のところに肘で押さえつけながら、もう一方の手でその視線の先にある掲示板を指した。『元気なあいさつ』の紙がさっきの衝撃で剥がれ落ち、その下に貼ってあった紙が見えていた。キョウヘイ君は顔をゆがませながら、小さな声で読んだ。
「私が生きているのは、拾った石に顔を描くのが趣味のおっさんがカメラに向かって人生を語る社会です……」
「もっとでかい声で!」
「私が生きているのは、拾った石に顔を描くのが趣味のおっさんがカメラに向かって人生を語る社会です」
「もっと!」
「私が生きているのは、拾った石に顔を描くのが趣味のおっさんがカメラに向かって人生を語る社会です!」
「もう一度!」
「私が生きているのは、拾った石に顔を描くのが趣味のおっさんがカメラに向かって人生を語る社会です!」
 キョウヘイ君は泣き始め、震える声を隠すような大声でそれを読んだ。
「全員で!」
 先生が、凄い形相で僕たちの方を向いた。その勢いでキョウヘイ君はますます強く顔を押さえつけられて、唇が変な方向を向いた。
「私が生きているのは、拾った石に顔を描くのが趣味のおっさんがカメラに向かって人生を語る社会です!」
 僕たちは、すばやく反応して、力の限り叫んだ。キョウヘイ君の声も聞こえた。
「もっと!」
「私が生きているのは、拾った石に顔を描くのが趣味のおっさんがカメラに向かって人生を語る社会です!」
「もっとォ!」
「私が生きているのは、拾った石に顔を描くのが趣味のおっさんがカメラに向かって人生を語る社会です!」
 僕の目から、なぜだか涙が溢れてきた。僕の心に、拾った石に顔の絵を描くのが趣味のおっさんが巣食っていることを、そして外部に向けて人生についてのメッセージを発信していることを、僕は知った。みんなもまた、それに気付いた。空はこんなに青いのに、僕たちはなんてつまらない社会に生きているんだ。一人、また一人と、もっと腹から声を出すために立ち上がっていった。僕も立ち上がった。
「私が生きているのは、拾った石に顔を描くのが趣味のおっさんがカメラに向かって人生を語る社会です!」
 しばらく叫んでいると、忘れかけていた僕たちのピュアな心が唸りを上げ、そこから飛び出した拾った石に顔を描くのが趣味のおっさんの形をしたものと、言い知れない憎しみとやるせなさのパワーが、教室に充満した。やがて道徳の教科書から火の手があがり、それぞれの机の上で一斉に燃え始めた。僕たちは気にせず、それが灰になるまで叫び続けた。