かなり見に行きたい草野球

 一塁コーチャーのおっさんは、チラリと監督のおっさんの方を見た。
 監督のおっさんは、左右にひかえたおっさんとやや若いおっさんに足を持ち上げられていた。腕を組んだまま、足は、いやらしいダンスをするのが仕事の女の人の位置まで高く広げられ、経理のように厳しい顔をしていた。
 その姿勢のまま、監督のおっさんはダイアモンドいっぱいに響き渡る声で叫んだ。
「カメレオン・ジェイル! カメレオン・ジェイル!」
 一塁コーチャーのおっさんは、股の広げ具合(E難度)と「カメレオン・ジェイル」(かっこいい言葉)から作戦C「ヒット・エンド・ラン」を導き出し、それを一塁ランナーに伝えるために叫んだ。
「アナコンダ2! アナコンダ2!」
 一塁ランナーの八百屋のおっさんは相手ピッチャーのことばかり見てハゲていたが、意外とちゃんと聞いていた。「カメレオン・ジェイル」(かっこいい言葉)、「アナコンダ2」(最近見た映画)から、作戦C「ヒット・エンド・ラン」を導き出した。そして、バッターに伝えるために、じりじりとリードを取りながら叫びたてた。
「チャーハン! チャーハン!」
 相手ピッチャーがクイック・モーションで投球動作を開始し、それを見て八百屋のおっさんは走り出した。
「チャーハン! チャーハン!」
 となおも叫んでいた。
 しかし、バッターの文房具屋のおっさんはバットを振らなかった。
 ズバンストラーイク!
 そして、相手のキャッチャーはセカンドへ送球した。
「捕って、触ってはい、はいアウト−!」
 八百屋のおっさんは、今の言い方はかなりおちょくっているんじゃないか、という抗議の視線を塁審に送ろうとしたが、それより先に監督の怒りに震えた叫び声が聞こえてきた。
「サイン違いじゃねえかよ、八百屋!」
 八百屋のおっさんは、野菜を売っている時には味わったことの無いような気持ちになり、会社でかなりいやなことがあったサラリーマンの足取りでベンチまで戻っていった。ベンチでは、監督が他の選手に向かって怒鳴っていた。
「いいかお前ら、好きなおにぎりの具で、チャーハン・赤飯・まぐろユッケとか言うやつはレギュラー失格だ。塩むすびからやり直せ。おにぎりって言ったら、お母さんが作れるやつを想像しろ。コンビニエンスな考え方をするな! シーチキンは、ギリOKだ!」
 「かっこいい言葉」、「最近見た映画」ときたら、「好きなおにぎりの具」はヒット・エンド・ラン、「好きな食べ物」は単独スチールのサインだったのだ。「好きなおにぎりの具」を言うべきなのにどっちかと言えば「好きな食べ物」の方に取れるようなことを言った八百屋のおっさんは、ベンチの端っこに遠慮がちに座った。
「フォルクローレ! フォルクローレ!」
 監督は「意味を知らない横文字」で八百屋のおっさんに「交代」を告げた。八百屋のおっさんは唇をかんで監督を見返したが、やがて意を決したように叫んだ。
「パンでグラタン! パンでグラタン!」
 監督の顔が変わった。「好きなグラタン」は、「子供が見に来ている」のサイン。
「アナコンダ2! アナコンダ2!」
 監督は、「悔いを残さずやれ!」のサイン、「2008上半期マイベスト映画」を声高に叫んだ。それしか見ていなかった。
「アナコンダ! アナコンダ!」「アナコンダ! アナコンダ!」「ターミネーター2! ターミネーター2!」「アナコンダ! アナコンダ!」「ゴースト・バスターズ! ゴーストバスターズ!」「アナコンダ! アナコンダ!」「アナコンダ! アナコンダ!」「アナコンダ! アナコンダ!」「千と千尋! 千と千尋!」「アナコンダ! アナコンダ!」「アナコンダ! アナコンダ!」「ターミネーター2! ターミネーター2!」「アナコンダ! アナコンダ!」
 チームメイトのおっさん達も、「今までで一番たくさん見た映画」で、「この試合、絶対勝とう!」という気持ちをむき出しにした。すげえうるさかった。