関係者以外入店禁止

 でかい国道沿いにあるバイク屋に、ジジイが一人、入店した。
「いらっしゃいませ」
 ジジイは店員の声が聞こえないらしく、バイクの自転車で言うならばサドル部分を一つずつペタペタ叩きながら店員の横を通り過ぎた。このジジイ、さてはバイク屋にまったく関係ない。


 関係ない、とは、お前がその店に入ったところで全然やることないだろ、という意味である。これを、最も関係ある場合を100として数値化すると、筆者の場合は下のようになる。簡単に言えば、特に用事が無い場合に一人でどれだけブラッと入れるかということだ。状況によって数値が大きく変動する飲食店は除外する。

店名:関係ある指数
セブンイレブン:92
ブックオフ:83
紀伊国屋書店:80
HMV:79
ダイソー:40
マツモトキヨシ:38
ペットショップ(大型店舗):34
ビッグカメラ:27
メガネスーパー:8
アニメイト:7
上州屋:4
レッドバロン:2
オートバックス:1
赤ちゃん本舗:1


 そして、今回の場合、レッドバロン(バイクショップ)に対するジジイの「関係ある指数」は、限りなく1なのである。免許もなければ興味もないのだ。筆者の場合、原付免許だけはなんとか取得しているのでどうにか「関係ある指数」が2となっているが、ジジイは明らかに1である。さてここで、この指数が低い状態で店に行くとどうなってしまうかという一つの例をあげてみたいと思う。筆者は、けっこう前に友達の車を点検するだかなんだかの付き合いでオートバックスに行った際、かなり暇を持て余してしまった。沢山ある芳香剤の匂いを全部かいでランキングをつけるとかしかやることが無いのだ。友達がいるからそういうこともしていられて実は結構楽しいが、一人で入ったと思うとぞっとする。ジジイの場合、想像力も忍耐力も嗅覚もめっきり衰えていると考えられるので、それよりもっとやることが無いであろう。というか、ジジイはもうこの年になると自分の中でもう指数がごちゃごちゃして何がなんやらわかりやすく言うとモーロクしているのだ。
 さて、今、ジジイは斜めに置かれている大きなバイクの間に入って動かない。
「何かお探しですか」店員が後ろから訊いた。店員の方でもジジイが店に何の関係も無いことは既にわかっているが、こういうふうに言わなきゃしょうがないのである。あんまバイトしたことないしよくわかんないけど、多分そうだ。だからやりたくないんだ。
「速いかい?」ジジイが店員を振り向いて言った。
「ええ、速いですよ」バイクショップの店員は普段ならこんな間抜けなことは言わないが、相手は関係ない客でしかもジジイなので、別にこれでいいのだ。
「時速か? 時速で走るのか?」
「ええ、時速です。……ガソリンで走ります」これは、最初のオウム返しではさすがにまずいと言うか、別にいいのだが、自分の倫理としてそんなことを言うのは納得ができないというか、ええ時速ですってなんだよ、という自分に対する気持ちに嘘はつけないみたいなことによって出てきた答えと言えよう。しかし、そもそもジジイはそういうことを訊いたのだろうか。
「ガソリンで走るのは、そんなこた知っとる」ほら、やっぱりそうだった。関係ないとはいえ、そういうことはそれは知っているのだ。知っている上で、更に関係ないのである。筆者も釣りのことを知らないわけではないし『糸井重里のバス釣りNo.1』だってやった口だが、それでも上州屋はかなり関係ないのである。ルアーとかキレイだしちょっと見たいかも、という気持ちで4なのである。
「すいません」こういう時は、店員も謝るしかない。しかし、それにも段階があって、もっとうーんと謝りたい場合は『申し訳ございません』を使用する。今回の場合は、一応謝っておくか程度の気持ちしか出ていないので、反射的に日頃使う『すいません』が出てくるのである。筆者は、コンビニで『レシートください』と頼んで受け取る時にも小声で、というか囁くような口パクで逆に『すいません』と言ってしまうような人間ですが、どう思いますか。他にも色んな場面で囁きますけど、どう思いますか。
「知っとるよ」ジジイは繰り返した。そして、ムッとした。ジジイはジジイと思われてなめられるのが大嫌いなのである。でもジジイなんだからしょうがないと思うが、それでもジジイはいやなのだから埒が明かない。
 店員が少しイライラして黙っていると、ジジイは、ポケットの中の物を、でかいバイクのシート――そうだ、シートと言うのだ。さっきサドルがどうので説明した気がするぞ――の上に広げ始めた。
「ちょっとおい、じいさん何やってんだよォ。さっきからよォ」さすがにここまでくると、バイクショップ店員の、俺はバイク乗りだぜ、という性格が出てしまうのである。イライラしてきたところにバイクに対する侮辱、これでもうエンジンかかりました、いい音させてますね、なのである。やっこさん、本性を現したな。
 ジジイは実に様々な物を取り出してシートに置いたが、たいていゴミだった。いつかのレシート、テレホンカード、もう舐める気しないのど飴(ジジイは舐めるが)、ポケットティッシュに入ってる厚紙、チビた赤青鉛筆、テレホンカード、一円玉。
「止めろよ、じいさん。出て行けよ」
 ジジイはじろりと店員を見た。そして、いきなり歩き出し、店員の横を通り過ぎた。
「ゴミ持ってけよ!」
 ジジイは聞こえない様子で、かなり苦労して別のバイクにまたがろうとしていた。
「勝手にまたがんなよ!」
 店員が叫んでジジイに駆け寄ろうとしたその時、そのへんの犬が入店した。いらっしゃいませ。犬となると、もう何の店だろうが、関係ある指数はことごとく1である。ペットショップでさえも1なのだから恐れ入る。すげえ、犬はすげえよ。いや、逆に、犬は全てに関係があるのだ。あらゆる全ての場所において、指数100なのである。「地球:100」なのだ。犬は本当にすごい。だから学校の校庭にも平気で入ってきてしまう。
 犬は、たしたし足音を小さく響かせながらバイクショップの中をうろつきまわった。
「入ってきちゃダメでしょ!」店員は犬に向かって優しく大きな声を出した。
 ジジイは、わしん時と態度が全然違うじゃん、という悲しげな目で店員を見た。
「なんだよ!」店員はそれに気付くと、ジジイを一喝した。ジジイはそっぽを向いた。
 しかしこれで、バイクショップはかなり関係ない状況になってしまった。これで、もし、サーファーや園児、主婦などが入店してきたら、どうなってしまうんだ。
 とその時、福田首相が入店した。店員は意外とすぐに気付き、腰を低くして駆け寄った。この場合、福田がバイクショップと全然関係ないとなんとなくわかっているが、店員は実に真摯に対応するのである。そういうものなのである。
「速いかい?」福田が手近のバイクを指さして言った。
 この先、ジジイが跨ろうとしていたバイクを倒し、犬がびっくりしてキャンキャン吠えまわり、店員がその対応に追われている隙に、福田が全然関係ないバイクのパーツをなんとなく万引きするという展開を考えたが、凄くおもしろいが、怒られそうなので止めにする。