絶世のデブ専の灼眼のシャナ

 あの忌まわしい事件からどれほど経っただろう。俺たちの旅がいつまで続くのか、それは俺たちにもわからない。俺たちの目的はそれぞれ違うが、そんなことは大した問題では無いのかも知れない。正体のわからない魔王が触手を伸ばしてくる世の中では、きっと、俺たちは旅に出ないわけにいかないのだ。
 ヨウスケは、生き別れたエッチなアニメ顔の妹を探している。ヨウスケは一人っ子でそうした記録も気配もなかったが、そういう文献(そう、エロゲーやライトノベルだって立派な文献だ)を読むことで、その事実を知ったのだ。幻想と現実の垣根が崩れた現代では、お兄ちゃんが大好きでドスケベなアニメ顔の妹と生き別れていない可能性のパーセンテージは、100に達することは無い。
「きっと見つかるさ」
「あいつは本当にエッチなんだ」
「ああ」
「俺に対してだけ、凄くエッチなんだ。俺があいつのプリンを食べると、あいつは俺にエッチな罰を与えようとするんだ」
「そうさ」
「俺の得ばっかりだ!」
「そうさ」
「あいつは、魔王に捕らわれているんだ。魔王が俺からあいつを奪ったんだ。魔王はあいつにイタズラしようとするんだけど、あいつは俺のことしか好きじゃないから、魔王にはあいつの魅力がわからないんだ。あいつは今、魔王にいじめられているに違いないんだ。俺が……俺が助けてやらなけりゃ」
「大丈夫さ」
 ウィルソンは、極限まで涼宮ハルヒを再現したダッチワイフの研究をしている博士を探している。ウィルソンは、そういうマッドサイエンティストが絶対にいると信じている。なぜなら、自分にそうした技術と知識があれば、極限まで涼宮ハルヒを再現したダッチワイフを研究開発しないはずがないから。
「ソレハモウ、マルデ本物ナンダ。イヤ、本物以上ナンダ。パーフェクトナンダ。ハルヒガソコニイルンダ」
「ぞくぞくするな」
「ソレガアレバ、女ナンテ必要ナイ。平野綾サエ必要ナイ」
「決まってるさ」
「魔王ヲ倒スカ、ソレヲ手ニ入レルカ。コノ世ニ平和ヲモタラスニハ、ソノ二ツノ道シカナインダ」
「協力するぜ」
 太ったフクシは、絶世のデブ専の灼眼のシャナを探している。雑誌でも募集している。旅を続けていれば、いつかそういう灼眼のシャナに出会うに違いないとフクシは信じている。少なくとも、旅に出ないよりはましだ。そうやって、俺たちは自らの力で可能性を広げていくしかない。
「そんな灼眼のシャナ、星の数ほどいるさ」
「ええそうですね。まず、女が星の数ほどいますし、ということは、美女も星の数ほどいますよね。ならば、灼眼のシャナも星の数ほどいるのではないでしょうか。それに加えてデブ専でありさえすればいい。そうなってくると、デブ専も星の数ほどいる計算になりますから、絶世のデブ専の灼眼のシャナはこれも星の数ほどいるということになります。星の数という分母が変わらなければ、分子もすなわち星の数となりますよね」
「難しいことはわからないけど、こんなに人がいっぱいいて、そんな灼眼のシャナがいないはずがない」
「ええ。僕が今言ったことも、まさにそういうことです」
 俺が旅を続ける目的は、ここで言うことは出来ない。しかし、俺が旅を続けているという事実よりも重要なことはあるのだろうか。それは真実を追い求めるということ。俺たちの目的は一人ひとり違うが、その歩を前へ前へと進めているものは、俺たちの中で、全く同じように輝いている。そして、同じ敵に追い立てられているような気がしている。だから、俺たちは一つのパーティーとなることができる。
 町に立ち寄ると、俺たちが世界中を旅していることを知って、何を勘違いしたか、お前のような若者が訪ねてくることがある。
「僕も、旅に同行させてください!」
 俺たちが黙っていると、お前は決まって勝手に続きを喋りだす。
「姉を、魔王の手下に殺されたんです! 僕は、その仇を討ちたい!」
 俺たちは顔を見合わせる。お前は感極まって、涙をこぼしている。
 俺たちだって、そっちが優先されるべきことは知っている。お前が仲間に入ったら、俺たちはお前に気を遣う。喋らなくなる。きっと、なんだかんだで俺たちは魔王を倒そうとすることになるだろう。気も弱いし。俺たちだって、わかっているのだ。俺たちが、俺たちの夢を守るために集まっていることぐらい、分析される前にわかっている。でも、それがわかっていても、こうしていれば、俺たちが俺たちのままでいられることがはっきりしていれば、俺たちは平気なのだ。しかし、一たびお前と、これ以上の会話をすれば、お前の「正常さ」は俺たちを明るみに引っ張り出すだろう。身勝手な俺たちにすれば、お前が俺たちを秋葉原から追い出したようなもの。
 俺たちは一斉にアニソンでギガバイトいっぱいのアイポッドからイヤホンを引き出し、大音量で再生する。見ろ、音漏れを耳にするお前の顔は、今も偏見そのものだ。お前らはアニメとナイフと歩行者天国を規制したが、2tトラックには目をつぶったのだ。それは総体的に見て、非常に冷静で、自然で、何より「社会」的な判断に違いなく、文句のつけようがなかった。