第五問――建築の将来をすべて考慮にいれた上で、問うべき基本的な問題は「どんな経済組織が支配的となるか」ということだとお考えになりますか? もしそうだとすれば、最も建築が栄えるのはどのような経済組織のもとですか?


 この質問は、建築と都市計画のたゆまぬ研究の結果、私が、今日の騒がしい混沌とした生活の中できわめて明確な原理と態度をもって答えるにいたった観念に触れています。すなわち、
 プランは絶対的な主権を持つ! ということです。各人はその専門において新しい時代に適応したプランを作り、それによって彼自身が問題を探ってその奥底を究め、物質的にも精神的にも明日から直ちに実行できるものを知るのでなければなりません。このすばらしい実りユタカな準備の仕事――プラン――こそ、あらゆる質問に答えるものであり、またとるべき手段や作るべき規則、有益な場所に配すべき人間を示してくれるものです。今日どこの国においても、重なる悪に答える同じような哀訴――「法規をもたない……、規則に反する……、所有権にぶつかる……、新しくても強くても真実であっても、考えるだけ無駄だ……、周囲の事情が許さない……」が聞かれます。
 それゆえ周囲の事情を告発しなければなりません、しかも正確に。そしてそのためには、現在の不幸を即座の幸福となすものの技術的に実現しうる明確なプランを紙の上にたてる、という楽天的な行為を認めなければなりません。
 こうしたプランが作られれば、議論は終り、疑いは払われ、「次になしうることはこれだ」という確信が生まれます。ニューヨーク、シカゴ、パリあるいはモスクワはこうなるべきだという確信です。プランより先に制度が構想されるのであってはなりません。今日われわれを圧潰しているもの? それはプランより先に構想された制度です。アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、ソヴィエト、その他どこでも、主義の違いや対立はあっても、いたるところでプランを欠くための(滑稽な軽業的な弁解や口実とともに)混乱や過ちばかりです。技術者はその務めを果していません。制度は(それがどんな制度であっても)事実に精通していないのです自らどこに行くのか(われわれに関係する領域において)知らないのです。火星から見ればそれは、原料を入れないで空廻りする機械に見えるでしょう。機械文明時代の施設のプランが立てられていないのです
 私の行動の基準は、プランの地盤に立つことです。その上に足を踏んばって私は、どのような改革が必要であり、どのような行為をとるべきかを静かに断言できます。プランは、個人的自由の欠くことのできない恩恵を確保し、集団的な力を獲得し、現在の都市集落の気違いじみた浪費を止めさせるために、共同体的な企画を実現する準備をしなければならない、ということを証してくれます。それに、過去の偉大な時代にはみんなそうしたのではないでしょうか? 今日の違うところは、怠慢と利己心に苛まれる幾百万の人々を不幸から引き離さなければならないということです。住宅を建て、都市の細胞を改造し、国に施設をすること、これがなすべき務めです。これが、機械文明の新しい時代の社会のプログラムです。ここに始めて、「食卓の上にはいつもパン」があり、万人のための仕事があり、あらゆる国々の総体的なプログラムがあるのです。
ラ・ファイエット号にて、一九三五年十二月十八日)

――ル・コルビュジェ『伽藍が白かったとき』生田勉/樋口清訳 岩波文庫 P364
(太字原文まま)