ハンバーガー王決定戦

 会場に、テレビカメラを引き連れるようにして若いアナウンサーがやって来た。
「今日は、ハンバーガー王決定戦が行なわれているという会場にやってきました。凄い熱気です。早速、前回のチャンピオンの保母山さんにインタビューしてみたいと思います。こんにちは」
「こんちは」
 ハンバーガーに並々ならぬ情熱を寄せる前回チャンピオンの保母山は、かなりハンサムだ。
「みなさん驚いたと思うんですが、保母山さんは凄く細身でいらっしゃいますよね。それもそのはず、なんとこのハンバーガー王決定戦は、一人で食べるにはもったいない量のハンバーガーを食べるのではなく、ハンバーガーの知識で勝負するんです」
「そす」
「そして、保母山さんが前回のチャンピオン、素晴らしいですね」
バーガーキングす」
「なるほど」
「ハンバーガー物知り王、バーガーキングす」
バーガーキングってありますもんね」
「俺がそのバーガーキングす」
「いや、あれ? そうじゃなくて、店でありますよね」
「何すか。バーガーキングは俺すけど」
「違くて、バーガーキングっていうハンバーガーのお店がありますよね」
「俺じゃなくて」
「そうです、現実のお店の名前としてあるってことです。ハンバーガー店としてメジャーじゃないですけど」
「ああ、駅にあるやつすか」
「あれはBecker'sでしょ。バーガーキングですよ」
 保母山はクイズに早押し形式で答える解答席に座っていたが、困ってしまい、隣にいるライバルたちを見つめた。ライバルたちは保母山とアナウンサーの方を見ていたが、一斉に目を逸らした。
 しかし、バーガーコンピューター点鼻田(てんびだ)だけは、得意の電子辞書で調べようと、既にバーガーキングと打ち込んでいた。画面を見てニヤリと笑った。
「アメリカの社会学者」点鼻田はメガネをあげると、鼻声で喋り始めた。「オーストリア生れ。シュッツに学ぶ。宗教や権力の現象社会学的研究で知られる。主著『日常世界の構造』」
 いつの間にか、カメラが点鼻田をアップで撮影していた。点鼻田は、得意げに保母山を見た。
「それじゃないです」アナウンサーが言った。「それはバーガーキングじゃないです」
バーガーキングは俺す」保母山が言った。
「だからそうじゃなくて、僕が言ってるのは店の名前です。マクドナルドみたいな」
 ピポーン。
 一番奥にいた、パンお肉パンのプリンセス、肌八木のランプが光った。
「マクドナルドはハンバーガー屋さん!」
 その隣では、三日連続でお昼がハンバーガーだったことがある男、五時野が悔しそうな顔をした。一瞬、ボタンを押すのが遅れたのだ。俺もわかっていたのに。俺も、マクドナルドはハンバーガー屋さんだとわかっていたのに。
「マクドナルドのことはいいんですよ」アナウンサーは言った。
 その間、点鼻田は電子辞書をずっと見直していた。確かに、これはバーガーキングじゃない、バーガー(1929〜)だ。どうしてバーガーキングと打ち込んだのに、バーガー(1929〜)のことが表示されるんだ。明らかに不良品だ。
 テレビカメラは、なおも点鼻田に向けられていた。
「ちょっと耳鼻科行ってきます」そう言って、点鼻田は電子辞書を置いて立ち上がり、歩き出した。
「今からクイズが始まりますよ!」アナウンサーや大会スタッフが声をかけたが、点鼻田は振り返らなかった。そして、二度と帰ってこなかった。
 空中にワイヤーで吊り下げられる形で頭上から様子を見ていた大会主催者は慌てたが、臨機応変に対応した。
「そこのアナウンサー、お前がアレルギー性鼻炎のハゲの代役だ!」
「ええっ、僕が? やります!」
「そんじゃクイズ開始!」
 アナウンサーが点鼻田の席に座り、司会者が穴の開いた床下からせり上がってきて、クイズが始まった。
「第一問。具がはみ出しているバーガーはうまそうですが?」
 ピポーン。
 アナウンサーが早速押した。
「食べづらい」
 ……。
「正解!」
 保母山、五時野、肌八木の三人は戦慄の表情でアナウンサーを見た。新星の登場に、マクドナルドを喫茶店代わりに利用する観客も沸いた。
 アナウンサーの頭上にある、ハンバーガーの上のバンズの模型が少し降りてきた。この解答席は、座ると顔がぎりぎり前から見えるぐらいの高さになっており、その前面部(書いて答えるクイズの場合、答えが表示される部分)には、下のバンズの形をした模型がついている。アナウンサーはあと九問正解すれば、自分自身がハンバーガーになってハンバーガー王だ。途中のトマトチャンスをものにすれば、顔の横にトマトを置いてモスバーガーになることが出来るが、やるかやらないかは完全に好みの問題だ。